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第11話:真夜中のお茶会

深夜にも関わらず、アーセナルはふいごの音とハンマーの打撃音に満ちていた。

熱気が肌を焼き、鉄と煤の匂いが肺を満たす。

私はその喧騒をよそに、奥の製図室へと駆け込んだ。

ここへ出入りするようになってから、白かったシャツは煤けて灰色に、

ダブレットの袖口もすっかり火薬で焦げている。


「カテジナ、いるか?」

「ここではディレクターって呼んでよ!」


製図台と向き合ってた小柄な影が、不機嫌そうに振り返る。工場長ディレクターカテジナ。

膨らませた頬と、大きな瞳で睨み上げてくる顔は、

威嚇というより拗ねた子供のようで、どうにも迫力に欠ける。

サイズの合わない革エプロンが、小柄な体躯にそぐわない起伏を隠しきれてない。


彼女の周りには、書き損じた羊皮紙が散乱していた。

机には、冷めかけたリンデンティーのカップが置かれている。

ほのかに甘い花の香り。

紅茶のないこの世界で、カテジナが見つけた妥協点なのだろう。


「見ての通り、いま忙しいの!ピスタラの製造工程が滞っているし、

親方たちは図面の読み方の初歩から教えなきゃならないんだから……

って、どうしたのよ?その無精髭は」


私は思わず顎を撫でる。


「……まあ、そっちの方が……ちょっとは貫禄、あるんじゃない?」

カテジナは視線を逸らし、指先で革エプロンの端をいじった。


「……嫌いじゃ、ないけど」

最後の方は鍛冶の轟音に紛れて、ほとんど聞こえない。


私はふと、彼女の横顔に目を止める。煤と汗で汚れた頬。

だが炉の光に照らされたその輪郭は、不思議と目を引くものがあった。


「……すまないな、身なりが悪くて」

私は形ばかりの謝罪を口にしながら、羊皮紙を取り出した。


「そんなことより、ヴィシェフラド城の結界を叩き割る方法を思いついてね」

「……そんなことより、ね」


カテジナが小さく唇を尖らせたが、

私の頭はすでに戦場の物理計算で埋め尽くされていた。


「質量だ。答えは 質量にあったんだ」

私は羊皮紙を広げる。声が自然と早くなっていく。


「地震で鐘楼が倒れた時、結界は割れていたんだ。

なら我々は、それ以上のものをぶつければいい」


「はあ? 結界? 鐘楼? ぶつける? ねえジョージ……

いよいよ壊れちゃったの? アタシ困るんだけど」


従卒の少女が、温かいリンデンティーを()()()そっと置いていく。

カテジナの世話係として雇った避難民の子だ。主人に似ず、気が利く。


「真面目な話だ。鐘楼の瓦礫なんかより、

もっと速くて硬い『鉄の塊』をぶち込めば、結界は間違いなく壊せる」


私は癖で髪をかき上げながら、空中で指を動かす。質量。初速。運動エネルギー。

目に見えない数式を描く奇妙な仕草に、カテジナは呆れた顔をする。


「また始まった。ねえジョージってば、それ誰にも見えてないからね?」


私は無言で木炭を拾い、図面の余白に計算式を描き殴った。

既存の射石砲では足りない。

樽のように鉄の板を無理やり繋ぎ合わせたものではなく、

肉厚で、継ぎ目のない一本の筒。


「おいおい、待て待て、兵器廠長殿。正気か?」

ふいに野太い声が割り込む。

太い腕を組んで入り口に立っていたのは、

鍛冶ギルド長ミクラーシュ・ズヴィナジ。

遅れてやって来た彼は、私のスケッチを見るなり鼻で笑った。


「あんたは学者だから知らねえだろうがな、

そんなデカい鉄球を飛ばすにゃ山のような火薬がいる。

そんなもん詰めて火をつけてみろ。

鍛造の大砲じゃ、継ぎ目からガス漏れて一発で破裂だ。

撃った瞬間に砲兵が死ぬぞ」


そう、ギルド長の指摘は正しい。この時代の大砲は、鉄の板を丸めて、

外側からタガを嵌めて補強しただけの樽に近い構造だ。

強度が低く、巨大な弾丸を撃ち出す高圧力には耐えられない。


「だから頼みに来たんだ。カテジナ、君のアーセナルなら作れるだろう? 鋳造で」

「鋳造で大砲だと?」ギルド長は眉をひそめ、怪訝な顔をする。


「鐘を作るみてえに型に流し込むってのか? 無理だ。

鋳物の鉄はたしかに硬いが、脆い。衝撃を与えりゃガラスみてえに割れちまうぞ。

火薬に耐えられるわけがねえ」


これもまた、十五世紀の鍛冶知識と経験則に照らし合わせれば、適切な忠告だ。

ギルド長は、なにも意地悪で言っているわけではない。

本気で心配しているのだろう。


だがカテジナは、挑戦的にニヤリと唇の端を上げる。

それは困難な課題を前にしたエンジニア特有の笑みだった。


「フフッ、プラハの技術なら、そうかもしれないわねぇ」

カテジナは新しい羊皮紙を広げ、猛烈な勢いで線を引いていく。


「鋳鉄が割れるのは、炭素が多すぎて柔軟性がないからよ。

だからスチールで一体成型するの」

「鋼を鋳造だと?地獄の業火じゃあるまいし、煉獄の釜底の熱が出せるかッ!」


「出させるわよ。炉を増設して風量を三倍にするだけ。

成分調整と冷却速度の管理さえ完璧なら、継ぎ目がなくて

粘りがあって、絶対に割れない鋼鉄の巨砲が作れるわ」


「おいおい、作ったばかりの炉でそれをやる気か?

泥も乾いてねえぞ。爆発して俺たち全員消し飛ぶことになるだけだ」


「だからライニングを塗り固めて、限界までベーキングさせてるでしょ。

中子には通気性のいい砂を使うし、型にはこれでもかってくらいガス抜きの穴を

穿ってやるわよ。炉の寿命は一回きり。文字通りのワンオフね」


ギルド長は口をあんぐりと開けた。炉を使い捨てにする気か。

あまりに荒唐無稽だ。だが目の前の小娘は、

アーセナルに来てから、いくつもの輝かしい非常識を見せてきた――


カテジナは私の目をじっと見つめる。

「やるなら徹底的にやるわよ。半端な大きさじゃ面白くないわ……

でもジョージ、弾はどうするの?

ただの鉄だと軽すぎて Kinetic Energy(運動エネルギー)足りないんじゃない?」


「それなら俺に心当たりがある」

ギルド長が、諦めたように頭を掻きながら言った。


「モラヴィアで出るクズ石でな。『黒い石』と呼んでる。

硬すぎて加工できねえし、そもそも溶けねえ。だが、重さだけなら鉛以上だ。

それでいいならターボルでも廃棄場にあるぞ」


「――黒くて、融点が高くて、鉛より重い?チェコならタングステンだな」

私は思わず口に出して呟いてた。一八世紀の金属。比重は鉄の二・五倍。

同じ大きさなら倍以上の重さがある。カテジナも小さく頷いている。

彼女の時代なら、工具鋼として馴染みがあるはずだ。


「黒い石は砕かずに、『コンパウンド』にしよう。

硬い芯を、粘りのある鉄で包むんだ」

私からは、二十世紀の理論を提供する。


「それなら溶かす必要はねえな。

鉄と一緒に鍛えて丸めちまえば、とんでもなく重てえ塊ができるぞ」

ギルド長はすぐさま理解を示し、腕が鳴る、とばかりにニカッと笑う。


それにしても、さすがはギルド長といったところか。

ボヘミア中のあらゆる素材、その産地、そして在庫までも

部下に調べさせるまでもなく、その場でサクサク出てくる。


そりゃそうか、実力だけがモノをいう中世の鍛冶職。

そのマイスターたち総勢二百余名を束ねるギルドのトップを務める男だ。

無能なわけがない。彼もまた、この時代の第一人者なのだ。


「決まりだな」私は二人の頼もしい仲間を見渡す。

「十字軍の増援が来るまで時間はないはずだ。急ごう。

巨人の装甲を叩き割るヘパイストスのハンマーを造るんだ」


三人は、すっかり冷めたリンデンティーをようやく手に取る。

カテジナは一気に飲み干し、不満そうに呟く。

「……やっぱりアールグレイが飲みたいわね」


ターボルの夜は熱い。

再び歴史を変える鉄槌の音が、高らかに響き始めようとしていた。

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