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第10話:DoSアタック

ターボルの夜は早い。日が落ちれば、町は深い闇と静寂に包まれる。

だが、町の北区画にあるアーセナルと、私が籠もっている市庁舎の書庫だけは

油ランプの灯りが消えることはない。


机の上には、ヴィシェフラドからの急使がもたらした書簡が広げられていた。

差出人はジシュカ将軍となっているが、このどこか神経質で

整然とした達筆は、間違いなくプロクのものだ。


『攻撃手段なし。ヘカトンケイルは城全体を覆う球体状の物理障壁なり。

我ら兵糧攻めを選択せり』


ヘカトンケイル。ギリシャ神話の巨人の名を持つ施設設置型の聖蹟。

カトリックの秘跡を受けた者のみ許可し(ホワイトリスト)

カトリックが異端認定した者は拒絶する(ブラックリスト)

ボヘミアのファイアウォール。

中心部から球体状に展開され、空も地も透明の膜で覆われているという。


籠城戦にはもってこいの聖蹟だが、膨大な魔力を消費するため、

設置できる教会施設は限られていたはずだ。

大学に残って聖蹟を研究していた私でも、

実物のヘカトンケイルは見たことがない。


「――無敵、か」

私はランプの芯を上げながら、ため息をつく。


魔法という超常現象で作られた物理的な壁。

アイギスという個人用防衛陣には、展開ラグという弱点があった。

ヘカトンケイルは設置された施設の霊脈から魔力を吸い上げる常時展開型。

手の打ちようがない――


だが、書簡にはプロクの私書が追記されている。


「ジリ、君の知識を借りたい。

神学の外にいた君ならば、この巨人のアキレス腱が見えているのではないか」


簡単に言ってくれる――とはいえ、世界から見捨てられてた時に、

手を差し伸べてくれた友から期待されているのだ。

この居場所を守るためなら何だってするさ。


目を閉じ、記憶の引き出しを開ける。かつて聖蹟研究に明け暮れていた日々――

私はプラハ大学の書庫という書庫すべてに目を通していた。

ヘカトンケイルに関する論文はあっただろうか――いや、記憶にないな。

そもそも聖蹟研究はタブー視されていた。


では、物的干渉、障壁ならどうだろう――

聖蹟が無敵なら、過去数百年、ヴィシェフラド城や聖ヴィート大聖堂といった

重要施設は一度たりとも破損していないはずだ。

だが、現実は違う。修繕記録がいくつも残されている。


修繕記録、修繕記録、修繕記録、修繕記録、修繕記録――

いくつもの脳内インデックスを開いていく。


一三四二年、大洪水――水害は違う。あれは水圧というより、地盤の変化に近い。

一三三八年、市庁舎の火災――これも違う。原因は内部失火だったはずだ。

一三四八年、フリウリ大地震――これも違う。


いや待て。

その項目の備考欄に、走り書きのような記述があったことを鮮明に思い出す。


――聖ヴィート大聖堂で建築中の鐘楼が倒壊。

落下した石材の直撃により、結界に亀裂が生じ貫通。本堂の屋根に大穴。


これだ!

聖ヴィート大聖堂ほどの大工事なら、展開されている保護障壁は、

聖蹟ヘカトンケイルしかありえない。それが、割れているだと!?


『消滅した』のではない。『割れた』のだ。石でガラスが割れるように。

落として陶器が割れるように。単純な物理的限界を迎えて、砕け散ったのだ。


「――なんだ、単純な話じゃないか」

口元に、自然と笑みが浮かんでいた。


聖蹟ヘカトンケイル、それは透明だろうと魔力だろうと

その実体は『物理的な装甲』に過ぎないのだ。

つまり、物的な許容量(キャパシティ)が存在する。


「デカい石が落ちて割れた実績があるのなら、

それ以上のものをぶつければいいだけのこと」


もちろん、鐘楼を持ち上げてぶつけることなどできない。

だが、物理的に再現することは可能だ。鐘楼の瓦礫よりも硬く、重いものを。

自由落下よりも、速い速度で叩きつければいい。


運動エネルギーの公式は『エネルギー=二分の一×質量×速度の二乗』


質量と速度の二乗に比例する。

重くて速ければ、その破壊力は二乗に跳ね上がる。

極めてシンプルで、乱暴で、そして最も確実な『物理』の答え。


そう、まさしく『ボヘミアのファイアウォール』は言い得て妙だったな。

私たちをブラックリスト・ブロックすると言うのなら、

飽和攻撃(DoSアタック)を仕掛けてルーターごとぶっ壊してやるまでさ。


私は書簡を掴み、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

行くべき場所なんてもう決まってる。

いま、この町で最も熱く、最も騒がしい場所へ。

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