第34話 ダンジョンに行く必要性
三上 洋一郎、32歳。 営業職。
特に大きなトラブルに遭遇せずに公私に渡って人生をそこそこ上手く歩いて来れたと思っていた。
妻子は居ない。 そろそろ孫を見たいと実家の両親から言われていたので余り気は進まないが、婚活をするべきなのだろうかと考えていた。
そんな矢先にこの状況だ。 ちょうど会社に戻った所だった事もあってそこで指示を仰ぐ事にした。
帰属意識。 組織に属するというのは社会的な安定だけでなく精神的な安定――自分は食えて行けるという安心感も与えてくれる事もあって三上はそれに従って会社の判断に従おう。 そんな事を考えていた。
彼の所属している会社は主に工業製品の製造を行っている。 簡単に言うと電子機器のパーツ製造だ。
世界の変化に際して機械類の使用はほぼ不可能になり、製造機械も用途、機能が変化した。
所謂、クラフト用のツールへと変化してしまったのだ。 一部の社員が専門のジョブに就く事である程度の事が分かりはしたが、それは中々に興味深い内容だった。
クラフト――要は素材を消費して任意のアイテムを製造する事が可能のようだ。
武器、防具は勿論、食料なども生産可能な機器の生産も可能で最終的には大抵の物は製造可能になる見通しだった。
だが、それには大きな問題がいくつか存在する。
まずはスキルの問題。 作る物品の品質や種別で特定のスキルを要求される事。
つまり、レベルを上げる必要がある。 次に素材。
クラフトには材料が必要だ。 土などはその辺から集めればいいが、モンスターからのドロップ品を要求される物がとにかく多い。 特に食料品はそれが顕著だった。
つまり何を作るにしてもモンスターを撃破するのが必須だ。 ならその辺のゴブリンで問題ない?
そうもいかない。 特定モンスターからのドロップ品を指定している物もある事もある。
最大の問題はそれがこの近辺では見当たらないという事。 つまりはダンジョンまで狩りに行かなければならない。
現在、必須なのは食料品をクラフトする為の作業機器。
他所の工場等は既に存在するかもしれないが、三上の会社には武器、防具を製造する為の物しかない。
助け合えるなら最上だが、二日も経たずに略奪を是とした無法者が大量に出現した事で社長が他人を信用する事に及び腰になってしまったのだ。
その懸念は正しく、一度会社に強盗が入った。
十代の少年少女の集まりで数名は学校の制服を身に着けており、社員を五名殺害し食料などを奪って逃げて行ったのだ。 後に警官に取り押さえられたと聞いたが奪われた物資も人命も返ってこない。
この世界の仕様上、アイテムの譲渡には手続きが必要だ。
要は相手の合意がなければストレージ上のアイテムを移動させられない。
つまり強盗達は社員を拷問したのだ。 三上は今でも覚えている。
へらへらと心底から楽しそうに他者を痛めつける者達。 命乞いする同僚。
そんな有様を隠れて見ている事しかできなかった自分。
現代日本の倫理観に従って生きて来た三上には到底許容できない現実だったが、事実として目の前に脅威として人の形をした怪物が存在しているのだ。
――社長は正しかった。
他者を一切信用するなという話ではない。 安易に信用するなという事だ。
だから彼等は自力で人を集め、ダンジョンへ挑む事で必要な物を自力で集める事にした。
警察機関は十全に機能していない。 自分達の身は自分達で守るしかないのだ。
こうして行ったのが第一回目のダンジョン攻略だった。
前衛職30名、後衛職20名。 内部の調査員15名。
合計65名という人数を投じた試みは失敗に終わった。 死亡45名。
生存者の約半数が心的外傷後ストレス障害――所謂、PTDSに苦しむ事となった。
残りは何とか見聞きした物を喋る程度には回復したが、もう一度行く度胸のある物はごく少数だった。
その少数が今回参加したメンバーの大半を担っている。 社長も流石に半数以上が死亡するとは思っていなかったようでこの結果には頭を抱えていた。
遺族への説明と謝罪もあって目に見えて憔悴しており、まともに指揮を取れない有様だ。
そんな状況でもダンジョン攻略を諦めないと言い切る辺り、止める気はないようだが現状では話にならない事は明白だった。 レベルの低さは頭数で補うという考えではあったのだが、三上達はレベルとステータスの格差という物に対する認識が足りていなかったと痛感させられたのだ。
攻略には絶対的な強者が必要。 それを認識しただけでも収穫だったのかもしれない。
そんな三上が見つけたのは波食という青年。
彼は調査隊を何人も殺害したサソリ型のモンスターを苦も無く屠って見せた。
どうやってあれほどの力を手に入れたのかは不明だが、強いという事さえ分かれば充分だ。
仲間に引き入れられればダンジョン探索へのハードルが大きく下がる。
加えて三上には交渉に対しての明確な勝算があった。 スキル「思考誘導」。
最初から彼が持っていたスキルだ。 どうやら最初に貰えるスキルはランダムのようで、三上の手に入れたそれは使い方によっては非常に高い効果を発揮する。
加えて彼の選択したジョブ『交渉人』はパッシブで状態異常の付与率が上がる――正確には精神干渉系の状態異常付与の成功率が上がるスキルが手に入った事もあって荒事に向かない彼にとっては最適な選択肢だった。 これは似た系統のスキルを持った後輩の前川にとっても都合のいいジョブといえる。
正直、騙しているような気がして少々後ろめたいと言った気持ちもあったが、三上達も生きるのに必死なのだ。 それにあくまで誘導――少しその気にさせるだけだと自分に言い聞かせて交渉に臨んだのだ。
保険として前川を連れて行けば盤石。 交渉は高い確率で成功すると踏んでいたのだが、おまけの女の存在が非常に邪魔だった。
三ノ婀 婀唯という女はどうやら波食の恋人か何かなのか、行動に対して大きな干渉力を持っているようだ。 要は彼女を説得できれば何の問題もないと思っていたが、彼女は最初から三上達に対しての猜疑心を隠そうともしない。 スキルが効かなかったのは誘導する余地がなかったからだろう。
三上としては彼女の主張は理解できた。 誰だって得体の知れない場所へ行くのは嫌だ。
それが命の危険を伴うのなら猶更だろう。
――だが、だからといって何もしない訳にもいかなかった。




