令嬢の我が儘は湖に浮かぶ世界遺産です
クレメンタイン・レイクスワン侯爵令嬢は美しい少女だった。
今咲かんとする大輪の花の蕾のような。
普通の立場だったらその美しさ、淑やかさを賞賛されたに違いないのだが。
「フェリックス様。どうぞわたくしの望みを聞き届けてくださいませ。よろしくお願いいたします」
セルゲイヌ王国フェリックス第一王子は、婚約者となったクレメンタイン・レイクスワン侯爵令嬢に要求された。
何をか?
湖の中の小さな島に離宮を建てることだった。
クレメンタインの生涯唯一の我が儘でもあった。
この話は瞬く間に広がった。
プレゼントに宮殿を要求するなんて、とんでもない女だ。
贅沢も過ぎる。
税金を何だと思っている。
恥を知れ、と。
この反応はクレメンタインも予期していた。
何故ならフェリックス第一王子の婚約者の座は激戦であったから。
王権の弱い当時のセルゲイヌ王国は、この程度の批判を封じることができなかったのだ。
王子の婚約者と決定した後も、クレメンタインには嫉妬と悪意と嫌味がつきまとった。
実際にクレメンタインが欲したのは、小屋程度の離れに過ぎなかった。
ほんの小さな島だ。
宮殿なんて建てられるほどの規模ではないのに。
噂話だけが執拗な矢のようにクレメンタインを射た。
何故フェリックスの婚約者がクレメンタインに決まったか?
誰に決まっても揉めることはわかりきっていたから。
だったら愛しいクレメンタインがいいと、フェリックス自身が希望したのだ。
そう、フェリックスとクレメンタインは心から愛し合っていた。
クレメンタインが湖の小島に住処を求めたのはいくつか理由があった。
出身家の名『レイクスワン』に因んだこと。
湖の小島なら汚い雑音が届きにくいと思ったこと。
また将来何かあった時、『あの女は小島に閉じ込めた』という理由をフェリックスが使えると考えたこと。
フェリックスはクレメンタインの願いを聞き届けた。
クレメンタインの心の中をよく理解していたから。
完成したのはフェリックスのクレメンタインに対する愛が存分に詰まった、小さいけれど美しい離宮だった。
しかし残念なことに、離宮の完成を待たずクレメンタインは亡くなってしまったのだった。
当時の社交界のギスギスした雰囲気が、クレメンタインの精神に多大な負担をかけたからと言われている。
毒殺されたという陰謀論も密かに語られていたが、現在では否定されている。
フェリックスは嘆き悲しんだ。
しかし立ち直った。
何故ならクレメンタインの最期の言葉は『偉大な王に』だったから。
フェリックスは数々の政策を積極的に推進して、王家の求心力を取り戻す。
スタンフォード朝セルゲイヌ王国中興の祖と称えられるまでになった。
湖に浮かんだようにも見える瀟洒な離宮は、『クレメンタインの舟』と呼び習わされている。
フェリックスがその離宮の主を永遠にクレメンタインと定めたからだ。
スタンフォード様式の最高傑作という不動の評価は、現在でも燦然と輝いている。
後にフェリックスの正妃となったグロリアが小島に渡り、碑を立てた。
その碑にはこう刻まれている。
『わたくしの夫の心を独占した女、ここに眠る』
グロリアはフェリックスの治世をよく支え、また茶目っ気のあった女性として知られている。
『クレメンタインの舟』は現在、世界恋愛遺産として登録されている。
テレビでやってたドイツの世界遺産『シュヴェリーンの邸宅群』の特集を見て思いついたお話です。
『タージ・マハル』みたいな恋愛要素エピソードを盛ってやればお話として成立するかなあと。
世界恋愛遺産ってエモいと思いませんか?
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