追いかけて
「ここがゆづ姉の来たかった場所か…」
春、柚月が亡くなってから、半年以上経っていた。久しぶりに旅行が許可された紬は能登にいた。遠出を渋る両親を何とか説得してようやく訪れることが出来たのだ。
《小さな願い》を叶えてくれる神様。どうしても紬はその神様に会いたかったのだ。
能登半島の中ほど、海に近い神社。のどかな風景と仄かな春の匂いが、長距離移動で硬くなった身体を解きほぐしていく。
駐車場からは海が少し見える。車の外はまだ寒い。
(「あそこに行くと、必ず大吉が引けるんだよ!!神様は頑張ってる子には優しいんだよ」)無邪気に笑った結月の顔や声が映画のように頭に再生される。
こんなに鮮明に思い浮かぶのに、本人はもうこの世界にいない。あんなに受け入れることが出来ないと思った柚月の死を理解しはじめている自分に紬は嫌悪感を抱いた。
「ひとりで行ってくる」そう両親に告げて紬は歩き出した。
駐車場を出て右手を向くと直ぐに鳥居が見えた。
鳥居の前に立ち、息を吸う。少し冷たい澄んだ空気が喉を通って肺に入って行くのを感じる。冷たい空気は好きだ。ちゃんと呼吸できていると知覚できる。
一礼をして、鳥居の端をくぐる。右手には社務所があり、お守りを売っている。
(ゆづ姉もここでお守りを買ったのだろうか)
少し進むと左手には手水舎があり、そこで手と口を清める。
この清い水が私の身体の隅々まで行き渡り、病気も穢れもキレイさっぱり洗い流してくれればいいのになんて思う。
短い石段を登り、門をくぐると、本殿が現れた。
紬には特別に厳かだとは感じられなかった。代わりに(ゆづ姉なら、きっとここで神妙になるんだろうなー)と思って笑がこぼれた。
紬は本殿の前に立ち、柚月が細かく教えてくれた作法を思い出しながら、お参りをした。
(東京都○○区から来ました佐藤紬です。山本柚月さんの代わりに来ました。柚月さんはここの神様に感謝しながら逝きました。どうか天国でもよろしくお願いします。でも、できればまた柚月さんに会わせて下さい。)そう、願いをかけた。
別に何も起こらない。当たり前だ。心のどこかでがっかりする気持ちが湧き上がることに驚いた。ここに来れば柚月に会えるかもしれないという僅かな期待を抱いていたことにこの時初めて紬は気がついたのだ。
本殿の横には、おみくじが用意されていた。もしも大吉以外を引いてしまったら…、そう思うと紬はおみくじを引くことが出来なかった。
紬は肩を落とし、参詣順路を進んだ。
(何も起こるわけないじゃん。当たり前だよ。ただ来てみたかっただけ)と自分の期待と失望を打ち消しながら、足を踏み出した。
その瞬間、足元の影がぶるぶるっと震えた。驚いて顔を上げると左手に木造の古い鳥居があらわれた。鳥居の奥にはただ深い森が広がっている。
柵で閉じられた鳥居の向こう、深い森の中に人影が見えた気がした。
(ゆづ姉だ!)
紬は直感的にそう思い、手を伸ばした。
刹那、目の前は真っ暗になり足元から崩れ落ちる感覚がした。
(しまった、倒れる)
紬は意識を失った。