後編
俺達のプレイしているアプリは、基本的にはシンプルな陣取りゲームである。
プレイヤーは二つの勢力に分かれ、世界各地に登録されたポイントに陣地を形成していくワケだが、同じ勢力に所属したプレイヤーが取得した陣地三か所を線で繋ぐことにより、囲った範囲を領地にすることができるのだ。
この機能を使って指定された場所を囲うイベントが、大体10年くらい前から公式非公式問わず定期的に開催されている。
特に全盛期は、各チーム色々な戦略を巡らせ白熱した戦いを繰り広げていた……らしい。
「その反応は、やっぱり心当たりある?」
「……まあ、俺も一応古参っちゃあ古参だからな。流石に当時はやってなかったけど」
その頃俺はまだ小学生だったこともありアプリ自体始めておらず、当時の熱戦については数年経ってから過去の記事を見て知ったに過ぎない。
ただ、当時は結構話題になったようで、SNSのトレンド入りしたりネットニュースにもなったりしていたようだ。
そんな背景もあり、プレイヤーじゃなくても知っている人は意外と多い気がする。
「初期の頃は日本語版もなかったみたいだし、流石の御手洗君でもやってないよね」
「なんだよその流石のって……」
「だって、御手洗君ってなんか大人びてるし?」
「……それって老けてるってこと?」
「あ、大丈夫! 見た目は若いから!」
つまり中身は老けてるってことじゃん……
まあ、実の両親にもよく言われるけど……
両親曰く、中高年になると新しいことを始めるのが億劫になるらしい。
それは気力や体力、身体能力や記憶力などの衰えからくるものなので俺とは条件が異なるのだが、まあ結果的には中高年と同じ性質になっているのだからそう見られても仕方はないかもしれない。
「……俺のことはいいからさ、水橋さんの話を聞かせてくれ」
「っ!? う、うん。え~っと、私はね、お兄ちゃんが当時のイベントに参加してて、色々話を聞いてたの。それに感動っていうか、ワクワクしちゃって、中学生になってすぐに始めたんだ」
「なるほどな……って、中一になって始めたってことは俺より先輩なのか……」
「うん。御手洗君が始めたのは、多分だけど中二だよね?」
「ま、まあ……」
マジかよ、始めたての頃から観測されてるじゃん……
そりゃ地元だし、記憶力が良ければ理論上は可能だけどさ?
やっぱ水橋メッチャ頭良いやんけ……
「でも、1年早く始めたっていっても、もうその頃には全盛期の頃の熱量はなくなってて……、結構ショックだったんだ……」
「……大体5~6年前くらいか。俺のときよりはマシだろうけど、正直あんま大差ないかもな」
例のウィルスが日本で流行し始めたのが2020年の初旬頃なので、俺は割と直撃を受けている。
しかし、その1年前の2019年には悪名高い改変――仕様変更が行われたために、プレイヤー人口は一気に減ってしまっていた。
ただでさえ飽きや他のARゲームへの流出でアクティブプレイヤー数は減っていたので、事実上の自爆である。
恐らく間違いないと思うが、水橋の言う劇的な勝利を収めたイベントというのは、日本のほぼ全てを領域に収めて勝利した件を指している。
簡単に説明すると、とある会場を囲うのが勝利条件であるのに対し、県全体を囲うことで勝ちを狙ったところ、そのさらに上を行き国全体を囲うことで勝利を収めたという内容だ。
これの何が少年漫画好きの水橋に刺さったのか?
俺の解釈はだと、こんな感じのストーリーが妄想されたのではないかと予測する。
緑組「よし、街の要所は俺達が押さえた! 俺達の勝ち――っ!?」←その瞬間、町全体が青色のフィールドに包まれる。
緑組「バ、バカな!? 何故!?」
青組「簡単なことです。私達が貴方達の策略のさらに上をいった……、ただそれだけのこと」
緑組「そ、そんな! まさか、県全体を囲った、だと……」
青組「理解しましたか? 私達の勝利で――」
謎の眼鏡「いえ、まだです」←その瞬間、街を――否、日本全てを緑色のフィールドが包み込む。
青組「なっ!? これは一体……っ! ま、まさか……」
謎の眼鏡「なんとか間に合いました。……我々の、勝利です」
水橋さんのお兄さんがなんて説明したかわからないが、小学生相手なら大体こんな感じに説明したんじゃないかと思う。
とある人気少年漫画に、大魔王の策略を人類が協力して防ぐ名シーンがあるのだが、水橋さんは俺がそれを読んだときと同じような感情を抱いたのではないだろうか?
しかし、プレイヤー人口が減れば当然そういった大掛かりな作戦は取りにくくなるし、一度見せた作戦はもう一度行われても類似案件になってしまうためドラマ性を失うことになる。
つまり、水橋の望んだ環境はもう既に失われていたのだ。
「だから私、その頃かなり荒んでて、誰彼構わず攻撃して回ってたの」
「行動まで非行少年っぽいな……」
あくまでもゲームでの話なのでマシと言えばマシかもしれないが、ぶっちゃけゲームでもかなりの迷惑行為である。
「でも、正直虚しかった。みんな抵抗するどころか、通報すらしないで去っていくだけだったから……」
「……それで生き残ったのが俺だけだったってワケね」
「そうなの!」
はっきり言ってドン引き案件なのだが、水橋さんが美少女であるせいかギリギリ中和されているような気がする。
俺はヤンデレも割と好きな方なので、このままデレてくれるのであれば悪い気はしない。
ただなぁ……
「……あのね、信じられないかもしれないけど、私にとって学校は、凄くストレスを感じる場所なの。でも、毎日の御手洗君とのやり取りが、その……、癒しになってたんだよ?」
それって癒しじゃなくて、ストレス発散に俺を利用していただけじゃ?
いや、まあそれも癒しと言えば癒しか……
「だから、その……、御手洗君にお願いがあるんだけど……」
「……何?」
「もう、いつサービス終了するかわからないゲームだけど……、それまで、私と終活しない?」
しゅうかつ……?
一瞬就活のことかと思ったが、恐らく終活の方だろう。
終活とは人生が終了する前の準備活動のことだが、ここでは当然ゲームにおいて――という意味だ。
サ終は割と現実味のある話なので、中々に言いえて妙だと思う。
ただ、このゲームで一緒に活動するとなると、それはつまり一緒にアチコチ出歩くということを意味するため、水橋さん的にはかなり問題行動となる。
「いやいや、流石にそれはマズくないか?」
「マズイ……?」
「だって、水橋さんは千葉と付き合ってるんだろ? 俺なんかと出歩いちゃヤバいだろ……」
俺がさっきから悪い気はしないと思いつつも複雑な気分だったのは、水橋さんに彼氏がいるからである。
何かと思わせぶりな態度を取ってくるし、見た目も性格も個人的には最高なのだけど、それが彼氏持ちとなると大問題だ。
浮気相手だとバレた場合多分千葉に殺されると思うし、最終的に俺が選ばれることはまずないので、リスクがデカ過ぎる……
なんてことを考えていたら、何故か水橋さんが暗がりでもわかるほど絶望した表情を浮かべていた。
「……やっぱり、周りからはそう見えてるんだね」
「うん……って、見えてる? え、もしかして……、実は付き合ってなかったり?」
「付き合ってないよ……。むしろ、大嫌い……」
ど、どういうことだ……?
◇
人間関係というものは、よく観察してみないとちゃんと見えない部分が多い。
特に自分とは関係ないと距離を取っている個人やグループのことは、主観入りまくりのフィルター越しでしか見ていないため、実は誤解しているというパターンも多いのではないだろうか?
水橋の属しているカースト上位グループは、どうやら正にそんなパターンだったようだ。
あのグループは見た目こそ華やかに見えるが、実際は色々な思惑が渦巻く魔窟のようなグループらしい。
正直そんなワケは……と思ったものの、よく観察してみると確かに何か歪な雰囲気を感じ取ることができた。
どうやらあのグループは、単純に美男美女や人気者同士が仲良くやっているというワケではないらしい。
むしろ、自分の方が優れていると思っているプライドの高い男女が牽制しあっているような、かなりギスギスした関係なのだそうだ。
表面上は全員笑っているから気づかなかったが、聞き耳を立ててみると会話の内容がまあ酷い。
特に千葉と水橋さんを意図的にくっつけようとする強引な話の流れは、はっきり言って聞くに堪えなかった。
水橋さんの趣味や性格はどちらかと言えばオタク寄りで、その中でもガチなオタクではなく俺と同じくらいのライト層らしい。
本来であれば目立たずこっそり趣味を楽しむタイプだが、その目立つ見た目が災いして日々ストレスを溜め込んでいたようだ。
もしかしたら、そのストレスが水橋さんのやや陰湿というか、病んでいるっぽい部分を形成したのかもしれない。
実際、俺がもしあのグループに入ったとしたら、多分一か月も耐えられなさそうな気がする。
だから俺は少しでも水橋さんの助けになればという気持ちと、少なくない下心から水橋さんの誘いに乗ることにした。
水橋さんはやはり少し病んだ部分はあるものの、俺と同じ陰キャ寄りの考え方であるためか過ごしていて全くストレスを感じなかった。
それどころか、同じ趣味を共有していることもあって相性は抜群と言っても過言ではない……と、少なくとも俺は思っている。
何より、ゲーム越しとはいえ数年の付き合いがあることもあって、互いの信頼度が最初からかなり高かったのが大きい。
……だからまあ、俺はあっという間に水橋さんのことが好きになってしまった。
そうなってくると問題なのが、千葉と水橋さんの絡みである。
それまで全く意識していなかったというのに、水橋さんを好きになった瞬間から凄まじいストレスを感じるようになってしまったのだ……
それはどうやら水橋さんも同じようで、最近は心なしか顔色が悪いように見える。
流石の水橋さんも、本心を隠すのが難しくなっているようだ。
そして最悪なのは、それを察した周囲の女子3人が強硬策に出始めたことである。
そもそも何故、カースト上位グループの女子は水橋さんと千葉をくっつけようとしているのか?
水橋さんの予想としては、千葉が根回しをしているからだと言っていた。
千葉は典型的なパリピ系男子で、女癖の悪さは1~2年の頃から有名だ。
そんな千葉なので、水橋さんの予想もまあ外れてはいないだろう。
ただ、実際のところはそれだけじゃないことを俺は知っている。
つい先日、たまたま別の女子グループの会話が聞こえてきたのだが、どうやらあの3人は水橋さんのことをライバル視――いや、敵視しているらしい。
彼女達もカースト上位グループであることから美人に属するのは間違いないのだが、他の目ぼしい男子がみんな水橋さんのことを見ているので面白くないようだ。
つまり、千葉とは利害が一致しているがゆえ、積極的に協力しているということである。
3人にしてみればライバルを減らせ、女癖が悪く面倒な千葉も処理できるため、まさに一石二鳥の作戦と言えるだろう。
「「「キース! キース!」」」
しかし、流石にアレはやりすぎだろう?
千葉も調子に乗って本当にキスを迫っているし、頭おかしいんじゃないか?
恐らく俺以外にもそう思っているヤツはいるだろうが、千葉を恐れてか誰も止めようとしない。
みんな、「誰か止めろよ」と他力本願である。……俺も含めて。
男なら、好きな女がピンチなら普通助けに入るだろうって?
そんなカッコいい行動が取れるなら、俺はもっと早い段階で積極的に行動していただろう。
それができない臆病者だからこそ、当たり障りなく、目立たない生き方をしてきたのだ。
今更立ち上がる勇気なんて、あるワケが――――っっ!?
目が合った。
合って、しまった。
……苦笑いを浮かべながらも、本当に怯えていそうな、水橋さんの目と。
その瞬間、俺は恐怖心などの感情や、打算計算などの脳の働きを無視したかのように、完全に無意識で立ち上がっていた。
椅子が倒れるけたたましい音で注目を浴びるが、不思議と何も気にならない。
「……水橋さん」
「あ? お前、俺の水橋になんか用か?」
なんでお前が返事するんだよ……
というか、俺の? こいつ、マジで何言ってるんだ?
……まあ、もう千葉なんてどうでもいいか。無視しよう。
「ごめんな、本当はもう少し早く動きたかったんだけど、正直ビビッて動けなかった」
「御手洗、君……」
「いや、今もぶっちゃけ何で動けてるのか不思議なくらいだよ。もしかして、これが愛の力ってやつなのかな?」
「っ!?」
素面なら絶対に言えないようなセリフだが、多分今の俺はアルコールで酔っているような状態なのだと思う。
「あぁっ!? お前何抜かしてんだよ!」
俺の言葉に一瞬で沸点を超えた千葉が立ち上がろうとするが、それよりも早く水橋さんが立ちあがり、抱きついてきた。
「は、はぁぁぁぁぁっ!? み、水橋ぃ!? な、なんでぇ!?」
千葉の怒りの形相が、一瞬で凄まじく情けない表情に切り替わる。
こんな状況じゃなきゃ、噴出していたかもしれない。
「私も、もうどうでもよくなっちゃった……。空気読んでみんなの顔色伺うより、御手洗君とずっと一緒にいたい……」
俺達は気づいていなかっただけで、もっとずっと前から通じ合っていた。
それがただ、今はより強く、深くなっただけに過ぎない。
しかしそれが、結果的に俺達を強くしたのだと思う。
そうでなければ、俺も水橋さんもきっと、こんな大胆な行動には出れなかった。
臆病で周りの目を気にして生きてきた二人は、一緒になることでようやく一人前のメンタルとなったのかもしれない。
「俺もだ。ずっと一緒にいよう、水橋さん」
あの日の出来事は色んな意味で伝説となり、俺達はクラス公認(一人を除く)のカップルとして祝福されることとなった。
二人とも周囲からの批判を恐れて他人のフリをしていたというのに、なんだか拍子抜けしたような気分だ。
……結局のところ、俺達は臆病だったからこそ、勝手に見えない敵やネガティブな結果を想像してしまっていただけなのだろう。
俺と同じ事なかれ主義のクラスメートからは、お前は物凄い勇気のあるヤツだと尊敬されるようになってしまった。
しかし、俺も水橋さんも、決して勇気があるワケではないと思っている。
勇気とは、普通の人が感じる恐怖、不安、躊躇、羞恥といったものをを恐れずに向かっていく強い心意気のことを指す言葉だ。
俺達の場合は、ただ愛情が溢れかえったせいで、そういった恐れる感情がマヒしただけなのだと思う。
……まあ、結果的に同じような効果を得られているのだから、何も問題はないと言えるかもしれない。
高校を卒業後、俺達はすぐに婚約した。
互いにまだまだ大人には程遠いという自覚はあるが、こういうことは冷静になってしまう前がいいだろうという結論に至ったからだ。
周囲には積極的な行動だと思われたようだが、実際はもっとネガティブな感情からの行動だったりする。
似た者同士の俺達だから、今かかっている魔法の効果が消えたあとのことを恐れて先手を打ったに過ぎないというワケだ。
俺も水橋さん――葵も、臆病で内向的な内面は今も変わらず、表向きには本音を隠して生活をしている。
それは恐らく、これからもずっと変わらないだろう。
でも、それが二人だけの世界をより濃密なものにしていると考えれば、悪い気はしない。
俺達は今後も二人で一つ。それでいい。
「さて、今日も日課に行こうか」
「うん♪」
~おしまい~