中編
すいません、前中後編になりました(定期
俺と水橋は、夜の神社で記憶を掘り起こしながら数年間の思い出について語り合うことにした。
「マジかぁ……」
「やっと信じてくれた?」
最初は疑心暗鬼だった俺だが、あまりにも話の整合性がとれているため、信じざるを得なかった。
たとえば台風や大雪などの悪天候の中での戦いだとか、ゲリラ的に早朝や深夜にやりあった件など、俺と敵対者しか知り得ないような些細なやり取りまで水橋はしっかりと覚えていたのである。
「信じたけど、普通クラスメートの、しかも女子が粘着してたとは思わないだろ。俺、絶対に暇なオッサンだと思ってたし……」
「私だって絶対オジサンだと思ってたよ~」
まあ、普通そうだよな……
俺はこのアプリに限らず、ネットで何かネチネチ絡んでくるのは大抵オッサンだと思っている。
アイコンが美少女だったとしても、口調や趣味が女っぽくても、全てオッサンだと思っておけば大きなショックを受けることはないからだ。
「でも、本当にオッサンだったらどうするつもりだったんだ? 遭遇したりすると怖くないか?」
「私も最初の頃は不安だったんだけど、一年くらい前からは少なくともオジサンじゃないと確信してたよ」
「マジ? 確信って、なんでだ?」
「ほらコレ、コレって御手洗君のアカウントでしょ?」
「えっ……て、確かに俺のアカウントだけど、よくわかったな?」
水橋の見せてきたSNSのアカウントは確かに俺のゲーム用アカウントだったのだが、このアカウント名とアプリで使用しているユーザー名は意図的に変えてある。
アプリの愚痴は時々呟いていたが、同一人物と特定できるほどの情報はないハズだ。
「実は、少し気になったからthe Johnについてググってみたんだよ。それで意味がわかって、あとは活動時間とかローカルネタとか、色々から推理してもしかしたら――って思ったんだよね」
「マジか……、そういえば水橋って頭もいいもんな……」
俺がアプリで使用しているユーザー名であるthe Johnは、トイレという意味を持っている。
アメリカ英語のスラングで、水洗トイレを発明した『|Sir John Harrington』にちなんでいるのだそうだ。
スラングであるため、普通に英語を学んだだけではまず知り得ない知識である。
俺も自分の姓が御手洗でなければ、一生知ることはなかったと思う。
そう、俺がゲームなどのプレイヤー名を決める法則は、御手洗――おてあらいとも読めるこの少し珍しい姓をベースにしているのである。
ただ、スラングや知名度の低い言語を使用することが多いため、普通であればそれをトイレと結び付けることはできないだろう。
俺のSNSのアカウント名も『the Loo』であり、少なくとも日本人であればトイレだとは認識できないハズだ。
「別に頭の良さは関係ないよ。私はただ――」
「ただ?」
「……なんでもない。っていうか、頭の良さって実際のところ成績とはあまり関係なくない?」
「あ~……、まあ、確かに」
IQ――知能指数が学力に影響することは有名な話だと思うが、完全に比例しているか? と言われるとそうではないと思っている。
実際、クラスメートと会話をしていると「あ、コイツ頭いいな」と感じることが何度かあったが、その中には成績の良いヤツもいたが悪いヤツもいたからだ。
恐らくだが、学力に限定すれば重要なのは知能指数よりも忍耐力や根性、集中力なのではないだろうか?
……まあ、知能指数が高いヤツはそういった部分を省けるのも強みだと思うので、あくまでも一般人としての見解である。
「でも、それにしたってまだ信じられないわ~。水橋みたいなクラスのアイドル的存在が、まさか粘着エージェントの正体だったとはなぁ……」
「ちょ、誤解だよ! 確かに定期的に攻撃してはいたけど、こんなのその……、挨拶みたいなものでしょ? 現に垢BANだってされてないし……」
「ん~、まあ俺も通報とかはしなかったしな~」
当然と言えば当然だが、悪質な粘着エージェントは垢BAN――つまりアカウント停止や削除の対象となる。
ただ、それは基本的に被害者からの通報ありきで、そこから事件にでも発展でもしない限りは警告すら行われない……ハズ。
「……ねえ、粘着だと思ってたなら、なんで御手洗君は通報しなかったの?」
「それは……」
正直な話、陣地の修復作業は日課――つまり俺の中の日常に含まれていたため、そんな発想は一切なかった。
初めて粘着されていると意識したときも、未だに近所で熱心に活動している人がいるんだなぁくらいにしか思わなかったし、一時期はいつもお疲れ様と労う気持ちすらあったと思う。
しかし、それを正直に言って良いものやら……
「なんて言ったらいいか……、ん~、まあ俺も楽しんでいたのかもしれない?」
「え!? 御手洗君って、もしかしてドMなの!?」
「っ!? ち、違うから! ノーマルだから!」
「でも、毎日私に粘着されて、それに雨の日も風の日も、雪の日ですら付き合うって異常だよ?」
「粘着してた張本人がそれを言うのかよ……」
それは自分も異常だと言っているようなものであり、完全なブーメラン発言である。
「私は異常だって自覚あるから」
「……」
自覚があるタイプの異常者でしたか……
俺の印象では、大人しくて爽やかな雰囲気のある美少女だったんだがなぁ……
まあでも、それがショックだったかと言えば意外にもそんなことはなく、むしろ印象自体は良くなっている気さえする。
完璧な人間よりも少し隙があるくらいの人間の方が親しみやすいものだが、もしかしたらそれと同種の効果が働いているのかもしれない。
「はぁ……、俺だけ濁して答えるのもダサいよな……」
今の水橋は、教室で見る普段の水橋とは明らかに雰囲気が違っている。
恐らくはこれが素の水橋なのだと思うが、普段隠しているということはクラスの連中には知られたくないということなのだろう。
それを今さらけ出しているのは、腹を割って話そうとしてくれているってことなんじゃないか?
ただ単に開き直っているという可能性もなくはないが、そうであればもう少し諦めの感情が見え隠れする気がする。
いずれにしても、それに対し俺だけ本心を隠すような回答をするのはフェアじゃないというか、男らしくないというか……
なんだか、自分がとてもダサく感じた。
「マジでドMじゃないからそこは否定しておくけど、やっぱりなんだかんだ楽しんでたんだと思う。正直最初は多少ムキになってたと思うし、どっちのが方が忍耐力あるか我慢勝負だ――みたいな感じだったんだけど、それも半年くらい過ぎたら「やるじゃん」って感じでリスペクトに変わって、1年過ぎた頃にはもう信頼感に変わってたよ。わざわざ天気の悪い日に活動したのだって、きっとこの人なら――なんて期待してたからだしな」
「~~~~っ!」
電灯の乏しい明るさでは、今水橋がどんな顔をしているか正確にはわからない。
もしかしたらキモイと思われているかもしれないが、多分だけど、水橋はそういうタイプではないと思う。
こんな不毛な日課に何年も付き合ってくれていた水橋なら、少しは共感してくれる部分もあるのではないだろうか?
「……わ、私も! 最初は絶対負けない! って気持ちが強かったけど、途中からきっとこの人ならずっと付き合ってくれるんだなって……、その、信頼してた。正直、絶対優しいイケオジだって、妄想もしてたし……」
「ハハ、悪かったな、イケオジでも優しいヤツでもなくて」
「…………」
ちょ、え? な、何その無言の反応は!?
メッチャ怖いんですけど……
あまりにも気まずいため、話題の転換を試みることにする。
「え、え~っと! そういえば水橋はなんでこんなアプリやり始めたんだ? 絶対若い女子向けじゃないだろ?」
「……私って実は、少年漫画が好きなの。それも、努力友情勝利みたいな、いわゆる王道な感じの」
「……?」
質問の回答になってるかなっていないか、微妙な反応が返ってくる。
それはつまり、水橋はどちらかと言えば男子が好みそうなコンテンツが好きってことが言いたいのか……?
しかし、それにしたってこのアプリは王道の少年漫画とは程遠いし、実際プレイヤーの多くは中高年がほとんどだ。
正直、水橋の言葉の意図がわからない。
「結構前のイベントだから御手洗君も流石に参加はしてないと思うけど、物凄く劇的な勝利を収めたイベントがあったの、知ってる?」
「っ!? それって、もしかして……」