前編
近所の神社で立ち止まり、スマホをポチポチと操作する。
これはもう何年も続けている、俺の日課の一つだ。
10年くらい前、とあるARゲームが一世を風靡したことがある。
……いや、一世を風靡は流石に言い過ぎかもしれない。
ただ、普段ゲームをやらない層を取り込めたという点で見れば、結構流行ったゲームだとは思う。
かくいう俺も、なんとなく意識高そうでオタクっぽくなさそうな雰囲気があったので始めた口だ。
しかし、度重なる改悪やライバルゲームの出現(会社は同じだが)、そして世界を震撼させたウィルスの影響により、このゲームは一気に過疎化してしまった。
今となっては人の陣地を破壊して回るような過激派が多数を占める修羅の世界となっており、まともな神経では生き残れないような状況だ。
本来はただの陣取りゲームだったハズなのに、一体何故こんなことになってしまったのか……
正直、俺も何度もやめようと思ったが、なんだかんだと今も続けてしまっている。
不満は沢山あるし、SNSなどで愚痴や文句を漏らすこともあるが、それでもやめられないのである。
こういうタイプはそれでも好きだから続けているということが多いと思うが、俺の場合は違う。
単純に、新しいことを始めるのが苦手なのだ。
ゲームにしても何にしても、新しいことを始めようと思えば最初に覚えなければいけないことが沢山ある。
だから始めてすぐの頃は失敗も多いし、上位を目指すのであれば一から努力をしなければならない。
それに、大抵のコンテンツは人と関わることが必須なので、人間関係についても新しく構築しなおさなければならないだろう。
そういった煩わしさが、俺を同じ場所に踏みとどまらせるのだ。
だからずっと同じゲームを続けるし、同じ音楽を聴き続けるし、同じ仲間と仲良くし続ける。
わざわざ新しいことを始めるのに、何の魅力も見いだせない。
……まあ他にも色々言い訳はあるが、要するに俺は臆病者なのだ。
小さな失敗や面倒事を恐れて、前に踏み出せないだけのネガティブ人間なのである。
この日課にも、そんな俺のネガティブさがしっかりと表れている。
(修復、と……)
修復アイテムを使い、壊された陣地を元通りに戻す。
しかし、こうして修復しても小一時間ほどすると敵対者により必ず陣地は粉砕されてしまう。
つまり俺は、ただ壊されるためにわざわざ外出し、陣地を修復してるということである。
本当に不毛な行動だが、俺はこれをもう何年も繰り返していた。
それに付き合う敵対者も大した粘着っぷりだが、彼らはどうやらそれに生きがいを感じているらしいので、ここに限らず他の陣地も全て破壊し尽くしているようだ。
俺の陣地は、あくまでもそのうちの一つでしかないのである。
つまり俺は、彼らの破壊衝動を満たしてやるためのボランティアのような存在と言えるだろう。
こう長いこと続けていると、父性や母性のようなものすら感じてしまう。
(……まあ、相手は多分俺より年上のオッサンだろうけどな)
基本的にARゲームのプレイヤーは中高年が多い。
大体は健康のためだったり、俺と同じようにずっと同じゲームを続けている者が多いからだ。
若者は基本健康に気を遣う必要もないし、今の時代新しいゲームは次々出るので乗り換えていくの当たり前。
ARのような時間や天候などに左右されるゲームは、すぐに飽きられたりしてプレイされなくなってしまうのだ。
また、知らない人と交流できる可能性があるのもARの魅力ではあるが、それは当然トラブルにも繋がりやすい。
粘着行為は喧嘩などの暴力事件に繋がる可能性もあるし、場合によってはストーカーに狙われる可能性もある。
それもあって、若者――特に女性には正直オススメできないゲームだ。
だから俺も極力敵対者と遭遇しないよう注意しているし、身バレしないようマスクや帽子は必ず着用するようにしていた。
恐らく敵対者もそれをわかったうえで、小一時間ずらしてこの陣地を破壊しに来ているのだろう。
誰だって揉め事は避け――
「あの」
「っ!?」
日課を終え家に帰ろうと振り返った瞬間、ニット帽を被りマフラーで顔を半分以上隠した不審者から声をかけられる。
跳び上がるほどビックリした俺は、思わずスマホを取り落としてしまう。
俺は落としても被害が最小限で済むように安価なシリコン製のスマホケースを利用しているが、それが災いして勢いよく跳ね、不審者の足元に落下してしまう。
そして、それを拾い上げた不審者は画面を見て――
「the John……、やっぱり……」
と呟いた。
俺のスマホは、まだアプリが起動したままの状態となっている。
そしてそこには、俺のプレイヤーネームが表示されていた。
それを見て「やっぱり」なんて言葉が出てくるということは、この不審者も同じプレイヤーである可能性が高い。
……いや、状況から考えれば、恐らくこの不審者は俺の陣地を毎日破壊していた敵対者だ。
なるべく遭遇しないよう注意していたとはいえ、いつかはこんな日が来るかもしれないと薄っすらとは考えていた。
一体どんな変人が毎日飽きもせず陣地を破壊しているのか、興味があったことも否定はしない。
しかし完全に想定外だったのは、その見た目と声だ。
――敵対者はオッサンではなく、女だったのである。
「実際に見て確信した。アナタ、御手洗君よね?」
「っ!? なん、で……」
さらに驚くべきことに、敵対者は俺の名字を正確に言い当てた。
一体何故……
「私のこと、わかるかな?」
そう言って敵対者はニット帽を取り、マフラーを緩めて顔をあらわにする。
薄明りなので少し目を凝らしてみると、その顔にはハッキリと見覚えがあった。
「う、嘘だろ……、もしかして、水橋伊織、なのか……!?」
「……なんでフルネームなの?」
「い、いや、だって、違う水橋さんかもしれないし?」
「フフ♪ もう、そんなワケないじゃない」
そうは言うが、俺は本気で水橋さんのソックリさんだと思ったのだ。
水橋さんは、いわゆる『教室内カースト』における一軍に属する女子の一人である。
一軍女子の中ではかなり控えめな性格をしているが、黒髪ロングのアイドルに匹敵する美貌と、グラビアアイドルのようなメリハリのある魅力的なスタイルを兼ね備えた嘘のような存在だ。
彼女はその性格ゆえか積極的に自分をアピールするようなことはないが、その容姿ゆえに自然と周囲に人が集まり、半自動的に一軍に属することになった。
それが謙虚に見えるためか、男子からは絶大な人気を誇っている。
……そして、一部女子からはカマトトぶっている(死語)だのと言われ敵視されていたりもする。
まあつまり、ギリギリ二軍くらいの位置で無難に生きている俺とは全く関わりのない人物であり、高嶺の花どころか二次元と三次元くらいの差がある、文字通り次元の違う女子と言えるだろう。
そんな水橋さんが、数年間俺に粘着行為をし続けていた敵対者だって……?
そんなの、信じられるワケがない。
「ねえ、色々積もる話もあるし、少し話さない?」
「い、いいけど……」
もし本当に水橋さんが敵対者なのであれば、確かに数年分の積もる話はあるだろう。
しかし、正直未だに現実感がなく、むしろ疑惑しか湧いてこない。
実は、新手の詐欺だったり……?