伯爵令嬢は黒猫を拾いました
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家の長男で、主人公の元婚約者。
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
「あっ、ここにいたのねムーちゃん」
「リリア? ここまで来るなんて珍しいわね」
お婆様の家でお茶を飲みながら話をしていたところで、元気よくドアをノックして入ってきたのはリリアだった。
よく見ると真っ黒い猫を抱えている。
「…その猫どうしたの?」
「うん、実はね。昨日襲われたあの時に、奴らの近くで一緒に眠っていたのよ。
そのまま寝かせていても良かったのかもしれないけど、術で眠っていたわけだし責任感じちゃって」
昨日の出来事をまた思い出し、思わず身震いしてしまう。
(…近くで眠っていたということは、一緒に術にかかってしまったのね)
たしかに、無防備に夜の街道で眠っていたら、他の野生動物に襲われてもおかしくないわ。
リリアも優しいなぁ。
今はぱっちりと目が覚めているその猫は、大きな金色の瞳でまっすぐに私を見つめている。
しかし左眼にはざっくりと一筋の大きな傷痕が残り、そちらの視力は失われているようだ。
「この眼の傷は…今回の事件とは関係なさそうね」
「随分古い傷痕のようだねぇ」
私が黒猫の瞳を覗き込むと、お婆様も隣から興味深そうに眺めてきた。
黒猫はお婆様にはあまり懐かない様子で、「おっと、この子はオスだねえ」「ふぎゃー!」などというやり取りをしていて、私は思わず赤面してしまった。
リリアから黒猫を受け取ると、すっぽりと私の腕の中に収まった。
…さっきから、ずーっと私ばかり見つめられているような気がする…。
「あらっ、この子はムーちゃんのことが気に入ったのかしら?」
からかうようにリリアが言うと、黒猫は一言「ミャウ」と鳴いた。
(まるで人の言葉がわかっているみたい…? …まさかね)
でも、もしこの子がそう思ってくれているなら…。
「せっかくだから私、この子飼ってみようかな」
「…いいアイデアかもしれないけど、この子雰囲気が野性的というか、すぐに逃げ出しそうな気もするわ」
「今まで野良で暮らしていた猫なら、人間の暮らしには馴染まないかもしれないねぇ」
飼うのなら両親に相談しようということで、私はリリアと一緒に黒猫を屋敷に連れて帰った。
両親からは、「最後まで全て私が面倒を見る」という条件で許可をもらうことが出来た。
私のやることに関しては、両親はすっかり諦めた風情だ。
でも、今回はそれがとてもありがたい。
(初めて猫を飼うことが出来る…!)
私は嬉しくて、つい張り切っちゃって。
エサをたっぷり食べてもらった後に、嫌がる黒猫をお風呂に入れて、念入りに洗ってあげた。
だって一緒のベッドにも入りたいんだもの。これくらいは我慢してね?
洗いあがった後の黒猫の毛はふわっふわで。
ベッドの上で、思わず力を込めて抱きしめてしまったわ。
「ねえ、あなたの名前は何にしようかしら」
こんなにも綺麗なつやつやの黒毛に、お月様のような金色の瞳。
まるで物語に出てくる、魔女の使い魔の黒猫のようだ。
そんな黒猫と、これからずっと一緒に暮らしていけると思うと、胸が躍った。
「ムーン…は私の名前か。じゃあルナとか。セナとか。シュッとした名前がいいなあ」
でも、どれもいまいちピンと来ない。
ふぎゃーと、抗議するかのように黒猫が一声鳴いた。
「ミラとか。シュナとか。ファラとか。う~ん…むにゃむにゃ…」
腕の中のあたたかな温度に、私はほわほわと眠りに落ちていった…。
―――翌朝の阿鼻叫喚を予想することも出来ずに。