伯爵令嬢は強くなりたい
「お婆様、私森へ行ってくるわ!」
「なんだい、いきなり。騒々しいね」
――翌朝。
私は早速お婆様の家へと向かった。そして到着一言目がこれだ。
ソフィお婆様は目を丸くして、ただならぬ雰囲気を発している私を見つめていた。
まだ昨日の衝撃が精神に残っている。
思い出すだけで震えが出てきて止まらない。
御者の人と馬の命を、守ることが出来なかった…。
いえ、もしもあそこで判断を間違えていたら。
もしかしたらリリアや私、護衛の二人の命だって守れなかったかもしれない。
(私は、強くならなければいけないんだ…!)
これまでは、ゆっくりと本を読んで魔女の知識を身に付けていけばいいと思っていた。
でも、私の立場ではそれが許されないことを、昨日知った。
(昨日のあれは、本当に夜盗だったのか…?)
――そうだ。何故思い至らなかったんだろう。
公爵家の公子の婚姻相手を亡き者にしたい者は、いくらでもいるということを…。
いや、まだ婚姻はしていないしむしろ婚約破棄されたばかりなのだけど。
それを外部の者が知る由も無いし。
正式に世間へ周知されるまでは、私はまだアドルフ公子の婚約者だと思われているのだ。
「私、森へ行って木の枝を採ってくるわ。…杖を創り出したいの」
「…お待ち。訳を話してごらん。そんな心の持ちようで、良い杖を生み出せる訳が無いだろう」
――『杖』というのは、魔女術式を扱うにあたって基礎でもあり、中心でもあると言えるアイテムである。
自分の魔力をアイテムへと通す仲介役として、全般的に役立てることが出来る。
魔女術式においては『相棒』とも呼べる存在である。
杖を創るにあたっては、自分の生まれ月、生まれ年と今の星座を割り出して、佳い日、佳い方角を探した上で、実際に手に触れてみてしっくりと来る素材を選びだす。
そして、時間を掛けて丁寧に削り、相性の良い鉱石を取り付けたり、さらに草木の弦を絡み合わせたりして完成に近づけていく。
満月の日に魔法陣の上に乗せ、呪文を唱えて魔力を込める方法も有効だ。
一朝一夕で完成出来るものではなく、杖に語り掛けながら、年月を掛けて『育て上げていくもの』だ。
杖となりうる素材を探すには、素材の波長と自分の精神の波長に耳を澄ませ、慎重に選び出さなければいけない。
(たしかに、お婆様の言う通りだわ…)
こんな心を持ったままでは、まともな判断は出来そうもない。
私は椅子に腰かけると、お婆様に昨日あったことを話した。
お婆様は薬草茶を淹れてくれた。ハチミツを加えると、甘い匂いがふわりと広がり、心がゆっくりと温まっていくのを感じた。
「…なるほど。そりゃ大変な目に遭ったね」
「今の私の立場では、私の失敗の報いは私の生命だけに止まらないわ。周囲の人々を犠牲にしてしまう…。だから、私は強くなりたいの」
「…わかったよ、ムゥ」
ソフィお婆様は私の瞳を見返すと、納得したように大きく頷いた。
「しかし難儀なものだね。魔女になりたいのは自分の勝手でも、周囲がそれを許してくれないなんてね」
「…好きに生きていくには、責任が伴うものなのね」
「ああ、そうさ」
独り言のようにつぶやくと、お婆様は大きく頷いて答えた。
「他人に敷かれたレールを歩いて行くのも、その道を自分で決めていくのも人それぞれだ。
だがね、自分で道を決めていく以上は、決めた責任は自分で負わないといけないもんなんだよ」
「そうね。でも…」
私は顔を上げて、お婆様の瞳をまっすぐ見つめた。
「他人に敷かれたレールを歩んで、その責任を他人のせいにするような人生はイヤだわ」
「全く同意だね」
お婆様とそう頷き合うと、どちらからともなく笑いがこぼれた。
「そうさねぇ。こういう心持というのが、魔女の素養と言えるのかもしれないね」
薬草茶の香りに包まれて、魔女の家の午後は、ゆっくりと時間が過ぎていくのであった。