伯爵令嬢は帰宅途中に襲われました
「んも――――! なんなのよあいつらったら!
私のムーちゃんに向かって! 許せないわ!!」
馬車に揺られて帰宅の途につく頃には、すっかりと日も落ちて。
リリアは私そっちのけで怒りに燃えていた。
「まあまあ…私はこれで、お互いにスッキリしたなーって思ってるわよ」
…あの後。カーネギーさんから細かな説明があり、ここまで時間がかかってしまった。
お互い(特に私の両親)への通達は文書で執り行うこととなり、正式な書面は後日配達される予定となった。
お互いに納得の上での婚約破棄。そのため、お互いに慰謝料は発生しない、と――
「そんなのってある―!? 年端もいかないムーちゃんを呼び付けて、大の大人大勢で取り囲んでさ!
こういうのは、ムーちゃんのご両親も同席の上で契約するもんじゃないの!?」
「そうかもしれないけど…でもやっぱり、アドルフ様のお家から金をもらいたいなんて思わないもの」
「ほんっとに、ムーちゃんたらお人好しなんだから…」
リリアはまだぶつくさ言っている。
…でも、誰かが私の代わりに怒って心配してくれるの、嬉しいな。
(私が周囲に良く思われていないことは、ずっと前から知っていたことだし)
そこに胸が痛まないわけじゃないけど、今は、私の味方がいてくれることに感謝していたい。
それに、私もまだまだ成長しないとね!
それが良く分かった一日だった。
(だから…これでいいんだ)
そう思って息をついたその時。
ガタンっと大きな音と、馬の悲鳴と共に馬車が急停止した。
「な、何だ!?」「何者だ!?」
送迎の馬車はアドルフが出してくれたもので、馬車には私とリリア以外に御者と、2人の護衛が付いてくれている。
…どうやら夜に乗じて襲われたらしい。
「夜盗!?」
ヴァイスシュタイン公爵領とシュヴァルツリヒト伯爵領を結ぶ街道は綺麗に整備されているけど、夜は街灯もなく真っ暗な闇に包まれる。
街道沿いに茂みや林が立ち並ぶところもあり、夜盗にとっては絶好の身の隠し場所となるだろう。
…そう、今馬車が止まっているこの場所のように。
馬車の周囲を、5~6人の男達に取り囲まれているのがわかった。
御者と馬は、もう声も上げなくなってしまった。
きっともう命は――
「皆さん、窓を閉めて! 馬車から外に出てはダメです!」
私は声を張り上げた。
私も皆も、こんなところで死ぬわけにはいかないわ!
かくなる上は――!
私はふところから小瓶を二つ取り出すと、ハンカチに数滴ずつ中身を垂らした。
ふわりと優しい花の匂いが交じり合う。
そこへ、唇を寄せて言霊を吹き込んだ。
――草木に宿りし精霊の力預かりて、捧げるは妖精の微睡の歌――【眠り】
そしてそのハンカチを窓の外へと投げ込んだ!
匂いを嗅がないようにしてすぐさま窓を閉める。
…すると、程なくしてどさっと大きなものが倒れる音が複数。
数分後にそっと窓を開けて外を確認すると、5人の黒服の男達が眠りこけている。
護衛とリリアに指示を出して、彼らを捕縛してもらった。
御者と馬は…残念ながら手遅れだった。
近隣住民に助けを求め、馬を借りて帰宅する頃には、月が夜空の頂点に差し掛かっていた。
全ての片づけを終えて両親と会えたところで、ようやく力が抜けて。
私はリリアに抱き着いて大泣きした。
リリアは、何も言わずに抱きしめてくれた。
気が付いたら一緒に自室へ戻っていて。着替えもせずに深く眠り込んでいた。