吟遊詩人は歌います
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役。魔導師
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
リック:旅の吟遊詩人
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
リックと名乗ったその青年は、「面白いものを見せてくれたお礼に」ということで、階下の食堂でお昼ご飯をおごってくれた。
大きなテーブルを7人で囲む。
注文した料理を待ちながら、私は彼に頭を下げた。
「えっと…リックさんは吟遊詩人さん、なのですか…?
先程は皆様にご迷惑おかけしましてどうも…」
「いやいや、僕もふらふら旅しているただのよそ者だから。気にしないで。
それよりもすごいね君たち。町の皆も大喜びだったじゃない。
劇団の演目かと思っちゃったよ」
劇団と言われても、実際に見たことも無いのでイメージがわかず、ぱちくりと瞬いて見返してしまう。
「劇団? そうなのですか?」
「うん。ほら、最近流行りの演目あるじゃない。運命の中心となる一人の女性を巡り争う、麗しき美青年たち! えーっと、なんてタイトルだったかなぁ」
「『恋は乙女のゲーム』だよ! 略して『乙女ゲー』!」
と、リックとの会話に割って入ってきたのは、宿屋で働くあどけない少女。彼女は両手に持った料理をテーブルに置いていった。
「古くから伝わる恋物語を、ミュージカルにアレンジしたものが『乙女ゲー』なの。女性を中心に大人気の演目なんだよ!」
「原作の小説では、もっとドロドロとした恋の悲哀も描かれているんだよ」
宿屋の娘さんの話を補足するように、リックはそう解説した。
世の中にはいろんな本があるものなのね…。
あまりそういう大衆が喜びそうな本は読んだことが無い。
「へえー…。そういうのが世間の流行りなんですね」
「ありゃ、君は興味ない?」
伯爵家のある街に劇団が立ち寄ったこともあると思うけど、私がその場に出くわすことは無かったなぁ。
お婆様の家に入り浸ってばっかりだったし。
興味が無いわけではないのだけれど、何しろよく分からない。
「私は、あんまり世間の流行に詳しくなくて…。劇団というのも知りませんでした」
「そうなんだ。旅してると劇団に出くわすことも少ないんだけど、見かけたら寄ってみると楽しいよ。
僕も、ついこないだ聞いたばかりなんだ。
たしか、こんな感じの歌だったかな~」
リックは、リュートを抱えて爪弾きながら、低い声で伸びやかに歌い始めた。
おお風よ 精霊は彼女を知っているか
夢を抱きし乙女 その大志は翼となりて
遥かなる空に悠然と羽ばたく
おお炎よ 精霊は彼女を知っているか
人は彼女を魔女、あるいは聖女と呼ぶ
粛清の炎で焼かれるのは誰?
おお水よ 精霊は彼女を知っているか
彼女がもたらしたものは豊穣
愛、そして混沌 すべてを飲み込む
おお土よ 精霊は彼女を知っているか
時は流れ すべてが土に還ろうとも
遺されし想い 受け継ぎし我らはここに
曲が終わるとその場に静寂が訪れ、一拍後に温かい拍手が沸き起こった。
リックはこういう場に慣れているようで、周囲に向けて芝居がかった風にポーズを取ると一礼をした。
そして、何故か私の手を引いて立たせると、跪いてその手の甲にキスを…するふりをした。
「!?」
驚いて彼を見返すと、彼は私を見上げて意味ありげにウィンクをして見せた。
この場は合わせてほしい…ということなのかしら。
戸惑いながらも、軽く会釈をしてみせる。
周囲から一層の歓声が上がった。
「お姉さん、お兄さんもキレイで絵になるわ~。本当に『乙女ゲー』のヒロインとヒーローみたいね!」
宿屋の娘さんが、料理と飲み物をサービスで多めに出してくれた。
宿屋の中は、一層賑わって皆がどんちゃん騒ぎを始めた。
そこにあふれるたくさんの笑顔を見ていると、現状の不安が一時吹き飛んでいくかのようだった。