公爵令息は怒っているようです
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役。魔導師
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
――噴水広場の前で、対峙するアドルフとマリウス。
周囲を野次馬達に取り囲まれ、それでも二人は言い争いを止める気は無いようだ。
どちらかと言うと怒っているのはアドルフで、マリウスは冷静に諭しているように見える。
「マリウス…お前は昔から食えない奴だと思っていた。
しかしこのような卑怯な真似をする奴だとは思っていなかったぞ!」
「ア………いえ、周囲の目もあるので、ここではアル殿と呼ばせてください。
アル殿。貴方は、もう少し人の話を最後まで聞いた方が良いのでは無いでしょうか?
私があのような手紙を送った事情というものを…。
まさか、あの手紙の言葉を全て信じ込んでしまったのですか? 裏の意味を読み取れませんでしたか?」
「ええい! そういう回りくどいことをしてくるお前が、前から気に入らなかったんだ!
それも今回は、寄りにもよって彼女を巻き込んでまで…!
今度ばかりは許せん!
良いから武器を取れ、ここで決着を付けてやる! 話はその後だ!」
アドルフが剣をマリウスの方へ突きつけると、周囲から「いいぞ~!」「やれやれー!」などのヤジが飛んできた。
この町の人々は、何でもいいから暇つぶしできるものが好きなのかしら?
誰も騒ぎを止めようとしないことに、一人戸惑っていた。
どうすればいいものかとおろおろしている私に、リリアがこっそりと耳打ちしてきた。
(なるほど、二人の諍いを止めるためには…。
ここからじゃ人混みが壁になって声が届きにくいし、やってみる価値はありそうね!)
私は人混みからいったん抜け出し、やや開けた場所を探した。
その間にも、二人の会話は聞こえてくる。
「やれやれ…。私は、貴方を問答無用であの屋敷から引きずり出したかったのですよ。
その理由が上手く説明出来ないものでしたし、時間も足りなかったもので。
…そのために、彼女の名前を利用する必要があったのです。
彼女に危害を加えるつもりはありません。
それに…私は魔導師ですからね。武器は持っていませんよ」
「何をごちゃごちゃ言っているのか分からんが…お前の武器はこれだろう?
…ほら! お前の部屋に置いてあったから持って来た。これで正々堂々だな!」
とマリウスに向かって投げた、布にくるまれた長いもの。
反射的にそれをキャッチしたマリウスは、布を剥がすと瞠目してそれを見直した。
「これは…!?」
布が落ちて出てきたものは、杖。
年季の入った長い黒樫で出来たそれは、定期的に手入れをされているためか光沢がある。
中心に大ぶりの翡翠が埋め込まれ、いくつもの蔦が絡みついている。
存在感のあるその杖は、おそらくマリウスのものなのだろう。
それを手にしたマリウスの表情に光が差す。
「アル殿………ファインプレーです。
私はずっとこれが欲しかったのですよ…。お礼に、貴方の要望に応えて本気で闘って見せましょうか!」
と薄く笑みを浮かべ、杖を手にして構え直すマリウス。
彼の表情の変化に気圧され、アドルフも戸惑った様子を見せた。
しかし、すぐに剣を構えて間合いを取る。…どちらも、今にも飛びかかりそうだ。
(もう一触即発だ…何とか止めないと!)
胸元の木製の小鳥に触れ、『力の解放』を行う。
すると、頭の中に閃く言葉が…!
(これは、あの時と同じ、『精霊の加護』…!?
いや、迷っている場合ではない!)
――疾き風の精霊シルフィードの加護を受け、届かしめよ我が歌を――【拡声】
そして私は叫んだ。
その声が、マリウスの首元から提げているもう一つの小鳥から発声される。
術の影響を受け、通常よりも大きな声で!
『お願いっ、私のために、争わないで!!』
アドルフは、驚いてその場を飛び退く。声の出所がわからず、視線をあちこちに巡らしている。
突然の大きな声に驚いたマリウスも後ろに飛びすさるが、次第に状況を把握できたようだ。
彼にしては珍しく大きな声で笑った。
そこで緊張の空気が解け、二人ともやる気を無くしたかのように武器を置いた。
(でもリリア…なんで、こんな恥ずかしいセリフにしなきゃいけなかったの?)
周囲からどっと笑いが起きて私達も注目を浴び、一緒になってヤジを飛ばされる。
そこでようやくアドルフは私の姿を見つけ、ポカンとした表情を見せた。