見習い魔女は経験を積みたいようです
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役。魔導師
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
――田園に囲まれた中規模の田舎町、ヴァイツェン。
季節になれば金色に実った小麦畑に囲まれた雄大な風景を楽しめるという話は誰かから聞いたことがある。
しかし今はとっぷりと日が暮れて、その畑の風景を見ることは出来ない。
街灯に照らされた静かな夜の街並みがそこに広がっていた。
「目的の宿屋が少し先の方にあるのですが…もう夜遅いのでそこは避けましょう。
ご近所迷惑になってはいけないですから」
と、なんだかよくわからないことを言っているマリウスに促されて、一行は近くの宿屋に入った。
「?? 同じ宿屋なのに?」
と尋ねてみても、彼はそれ以上は答える気は無いようだ。
建物の中に私たちが中に入ると、その場の空気が軽くざわめいた。
その宿屋の一階は談話室と食堂が繋がっていて、二階が客室となっている構造のようだ。
宿泊客や、食堂を利用する地元客と思われる人々で、一階は賑わっていた。
私は驚いてフードを目深にして皆の陰に隠れてしまう。
夕食もまだなので、宿泊する部屋を取ってからそのまま食堂で何か食べることにした。
その手続きの間もなんだか私達、注目されているような…。
「…ねえ、この町ってよそ者に厳しいところなのかしら? 私達目立ってる?」
外の情勢のことを全く知らないので、隣にいるリリアやセラに尋ねてみる。
するとリリアが簡単に教えてくれた。
「ううん。ここは比較的大きな町で、産業は農耕中心なのだけれど、近隣の都市や辺境の村へ行く際の中継点としても栄えているのよ。そんな閉鎖的な所じゃないわ。
色んな人が行き来していて、賑やかな町なのよね」
「たぶんだけど…顔面偏差値という奴じゃねーか。まあまあ目立ちそうだしフードにして正解だったな」
と、私やマリウスさんの顔を交互に見ながらセラは言う。
「顔面…何それ?」
「貴女はヘンな言葉を覚えなくても良いですよ。…私が適当に何か注文しておきますね」
「人が多い町なら、冒険者向けの仕事とかもらえそうだな。ちょっと聞いてくるわ」
隅のテーブル席に私たちを座らせると、マリウスはセラと連れ立ってカウンターの方へと向かって行った。
雰囲気に慣れずにきょろきょろしてしまう私。
…しばらくすると、地元の住民と思われる中年の男性がにこやかに挨拶してきた。
私達も挨拶して答えると、その人は近くに椅子を持ってきて座った。
「よお、嬢ちゃん達は冒険者かい? そっちの兄ちゃんは騎士なんだな」
「ええ、まあそんな感じです」
リリアが愛想よく笑って答える。
…地元の人なら、近辺で不穏なことが起こっていないかどうか聞いて確かめたい。
「あの。最近変わった事件とか、そういった話はありますか?」
「ああ、あんたらも仕事を探しているのかい。
そうだな…最近はここいらにも冒険者が増えたねえ。魔物に襲われる事件が増えたという話も聞くし」
尋ねてみると、その男性は親切に色々と教えてくれた。
「そうなのですか?」
「この町の近くにある山や周辺の森に生えている山草を採りに行く住民は結構多いんだけどな。例年よりも襲われた話を多く聞くよ。もしも腕が立つなら、酒場に討伐依頼がいくつか出ていると思うから行ってみるといいぞ」
魔物が増えている…? 関係あるかわからないけど、覚えておこうかな。
「なるほど…」
「ちょっとムーちゃん、そんな危ない仕事を取らなくてもいいわよ」
「うーん、でも私、世間のこと何も知らないし。こういう経験も大事かなって」
リリアとそんなことを話し合っていると、マリウスとセラが注文した食事を持ってテーブルまで戻ってきた。
「まあ実戦経験というのも大事ではありますが…。目的から逸れ過ぎて時間を無駄にしないか、それと貴女の命の危険。色々検討しながらでしょうか」
マリウスはそう助言をくれた。
たしかに、本来の目的を忘れずに行動していかないとね。
「依頼を受けるならやっぱ酒場かー…。俺、後でそっちの方にも行ってみるわ」
「私も行こうかな…」
セラがそう言うので、私も一緒に行きたかったのだけど、彼に止められてしまった。
「いや、お前はやめとけ」
「どうして?」
「こんな夜中に女が酒場に出入りするもんじゃないの。
行くなら昼間にしとけ。仕事の話なら聞きに行けるだろうし」
「ふぅん、そういうもんなんだ」
よくわからないけど、真面目な忠告のようなので、素直に従っておいた方が良さそうだ。
「世の中はお前の想像以上に汚いもんだからなー…。
ずっと知らないままでいられるとも思えないけど、それはもっと大人になってからでいいだろ」
セラは独り言のようにそう呟く。
マリウスさんといい、私は皆から子供扱いされてばかりな気がする…。
でもセラも、私とそんなに違わない年だよね?
「私ばっかり子供扱いだなぁ…セラはいくつなの?」
「15」
「えっ、私より年下じゃない!」
「年だけで言うなら、まあな。けど、要らん経験ばっかり積んできてるもんで」
以前セラから聞いた過酷な経歴を思い出して、私は重い気持ちになった。
「私はやっぱり、知らないことが多いのね…」
「下手に辛い体験をしても性格歪むだけだからな。お前はそれでいいんだよ」
沈んだ表情の私を励ますかのように、彼は私の肩をポンと叩いた。
皆本当に優しくしてくれる…。
だからこそ、私は私に出来ることを見つけたいと思うのよね。
「うーん…それにしても、何か私に出来る仕事を見つけたいな。危ない仕事じゃなくても、例えば魔女術式のアイテムを作って売ったり…」
「なるほどな。薬草を加工して作った傷薬とかあれば、需要はありそうだな。そういう依頼があるか酒場で見てみるわ」
「そっか…ありがとう。じゃあ私達は先に部屋に行ってるわね」
そう言ってセラと別れ、それぞれ自分の部屋へ入って休むと、疲れが溜まっていたのか急速に眠気が襲ってきて…。私は夢も見ずに眠ってしまっていた。
――そして翌朝。
リリアと身支度をしてから一階へ降りてみると、先にセラとジルが食堂まで来ていた。
私達も加わって一緒に朝ごはんを食べる。
…しばらくすると、窓の外で、道行く人々がどよめいている不穏な気配がここまで伝わってきた。
食堂にいる人たちも、何があったのかと何人か外へ出て行った。
「??」
私達は怪訝な顔を見合わせた。
食事を切り上げて外へ出てみると、騒ぎの元は町の南にある噴水広場だと、道行く誰かが言っていた。
知らない男が喧嘩騒ぎを起こしていると…。
皆で騒ぎの中心へ向かってみる。既に多くの人だかりが出来ていた。
周囲を取り囲む野次馬たちはむしろ興味津々で、楽しそうにヤジを飛ばしている人もいる。
「――お前とはそろそろ決着を付けておかなければいけないと思っていたんだ。さあ武器を取れ!」
騒ぎの中心である噴水広場の前に、対峙する男が二人。
まだどちらも手を出していないようだが、緊迫した気配が伝わってくる。
こちらから見て奥の方にはマリウスさん。
手前の方にはなんだか見覚えのある金髪の後ろ姿が…。
(アドルフ様…!? いや、マリウスさんも…一体何をやっているの!?)
私は何も声を掛けられず、人々の陰に隠れて成り行きを見守った。




