見習い魔女は気になることがあるようです
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役。魔導師
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
――そうしていよいよ始まった私の旅。
正直、屋敷に居た方が騎士団が守ってくれると言うのは確かにその通りで、いざ旅に出てみるとかなり心細い気持ちになる。
でも私の命を狙う輩にしてみれば、こうやって居場所不明にしておいた方が、きっと対処はしにくいだろう。
その分、居場所がバレてしまった時の危険性は高いということを、心得ておかないといけないわね。
簡単に整備された街道を真っすぐ行きながら、そんなことを考えてみる。
流れる風が心地よい季節で、歩くのも気持ちが良い。
(それに…魔女としての実力なんてまだ無いようなものだし、もっと勉強していかないとね)
教材は、今のところは持参している魔術書くらいしかない。
「うーん…。あのマリウスさん。王立魔術学校には、地方の分校のようなものは無いでしょうか?」
と、目の前を歩むマリウスに声を掛けてみる。
マリウスは、私の言わんとしていることがすぐに分かったようで、手綱を持って馬を引きながら的確に答えてくれる。
「新しい魔術書や教科書を読んでみたいですか? …あいにく、王立魔術学校は王都にある一校だけです。
ですが、各地にある聖クラウディア教会に寄れば、出入りしている魔導師や魔女もいますので少しは何かの情報が得られるかもしれませんね」
「聖クラウディア教会かぁ…結局、私は教会に近づいても大丈夫なのでしょうか?
カーネギーさんの影響で、私何だか、悪いように思われているみたいなのですが…」
聖クラウディア教会は、魔女・魔導師との繋がりも深い場所だと言うし、私の悪い話が広まっていないかも気になる。黒服の男達との繋がりがあるのかどうかも…。
「そこが何とも判断しにくいところですね。カーネギーとの裏の繋がりの相手が教会なのか、それ以外の組織や人物なのか…。当分、貴女の正体は知られないようにした方が良いでしょうね。
普段から身分を隠して一般人として振舞っていただくことにしますが、特に教会にはあまり近づかない方が賢明でしょう」
「そっか…」
お忍びの旅になることは最初からわかっていたし、納得だわ。
しかしセラはその話を聞いて、気が付いたことがあるようだ。
「うーん…それってさ。コイツを敬いすぎたら他の奴らに怪しまれるってことじゃんね。
俺やリリアはいいけど、ジルとマリウスは言葉遣い変えた方が良いよな」
「あっ、そうか…」
私の呼び方で怪しまれる…確かにそうだ。
全然そこまで気付いていなかったわ。
「わ、私がお嬢様とお呼びしては問題ですか?」
「そうかもしれないわ…。ムーンとかムゥとでも呼んでくれる?」
しかしジルは呼び方を変えることに相当抵抗があるようだ。
私がそうお願いすると、凄く困ったような表情になった。
「私は普段からこういう口調なので、名前以外は特段変えることはないでしょう? …ムゥさん」
マリウスにさらっと呼び方を変えられると、ちょっとドキッとする。
素知らぬふりをして、ジルの方へ向き直った。
彼が呼びやすそうな名前を一緒に考えてみる。
「そ、そうね…。
ジルは、どうすればいいかな…。ムゥちゃんとかどう?」
「ムゥちゃ…!」
「あははは! いいじゃんジル、呼んでみなよ」
しかし彼は余計に顔を赤くしてしまった。
セラは面白そうに悪ノリしてくる。
「で、出来ません…! ムゥ様でお許しくださいませんか…?」
「様はいけないわ…じゃあせめてさん付けで」
「む…ムゥさ…ん」
どうにかお互いの妥協点が見つかったようだ。ジルはまだ不満そうなようだけど。
でも、彼の場合は言葉遣いだけでは足りない。
「ふふっ、ありがとう。
…それとね、いつも私の側に駆け寄ってきて跪いてくれるけど、ああいうのも今後は禁止ね」
「そ、そんな…!」
彼は特に、騎士としての立ち居振る舞いが習慣になってしまっているので、直していくのは急には難しいだろうな。
でも少しずつ慣れていってもらわないと…。
「だって私は一般人なんだもの。この伯爵領を守ってくれる騎士様が跪く相手では無いわ」
「そんな寂しいことを仰らないでください…」
私がそう説明すると彼はしゅんと俯いて悲しそうな顔になる。
さすがにちょっと心が痛むけど、今はそういうことを言っていられない状況だから、仕方ない…。
「気持ちは嬉しいのよ。でも必要なことだから…ね?」
「お嬢様…お労しいです…。私は必ずや、お嬢様が胸を張ってこの地を歩いて良い存在なのだと、証明してみせます! それまでは…仰る通りに致します」
ジルは、私の今の立場のことを悔しく思っているらしい。
そんな風に思わなくてもいいのに…。
私は彼を元気づけるように明るく声を掛けた。
「大丈夫よ。私は元々、貴族らしくなく生きてきたもの。一般人のような扱いだって、全然平気。
慣れてきたら案外、貴族に戻りたくなくなっているかも知れないわ。ふふふ」
「わかりました…。これからも、よろしくお願いします。ムゥさん」
彼は真っすぐ背筋を伸ばし、吹っ切れたような笑顔を見せてくれた。
その顔を見て、ようやく私も安心できた。
そうやって、皆でワイワイと今後のことを話しているうちに、日はすっかりと傾いていた。
なんだかんだで一日中歩き続けて疲れたわ…。
でも、沈みゆく夕日の光が逆光となり、町の建物のシルエットが映し出されて遠くに見えてきた。
夜になる前に町に着けそうでよかった…。
少しずつ町の街灯に灯りが点く様子が見えてきて、ほっと息をついた。




