【ソフィ視点】「杖と魔女・魔導師の繋がり」より
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
――『杖』とは、魔女・魔導師にとって欠かせない『相棒』とも言える存在である。
対象に自身の魔力を伝達する際に、その流れをスムーズにしたり、一度に伝達する量を増やしてくれる。
無くても魔女術式を使用することは出来るが、特に『儀式』を行う際にはほぼ必須と言える。
『杖』は、儀式で魔力強化したり、様々な素材を追加していくことで少しずつ『育てて』いくことが出来る。
それらのプロセスを経て、術者と杖の間に『繋がり』をもたらすことで、『杖』も、『魔女・魔導師』も、さらに成長していくことが出来るだろう――
――眩き光の精霊フィリスの加護を得て、この手より癒しの力を授く――【治癒】
私の手が白い光に包まれると、そこから癒しの力が彼に伝わっていく。
両頬の傷は、完治とまではいかないが、痛みはほぼ消えているはずだ。
「ふう、ありがとうございます。
…口の中を切って、食べ物も上手く食べれませんでしたから。助かりました」
口内の血を吐き出して、彼――マリウスと名乗った男はようやく一息付けたようだ。
「なんのなんの。うちのムゥを助けてくれたそうだね。ありがとう」
「いえそれは…私の落ち度でもありますから」
薬草茶を出すと、彼はそれに口を付けた。私も一緒に味わう。
この薬草茶にも簡単な儀式を施してあり、一種の魔女術式と言える。
薬草自体の持つ、リラックスの効能を若干強化してあるだけだ。
マリウス殿は、家の中に視線を巡らせると、一点を見つめて止まった。
「あれは…」
「昨日の儀式でムゥが強化した『杖』さ。儀式自体はちゃんと最後まで出来ていたからね。無くさないように私が回収しておいたよ」
ムゥの創った杖は、本棚の近くの壁に立て掛けてある。
『杖』は、森の中で朽ち果てていた、白樺の木の太い枝から削り取って形作ってある。
白くすらっとしたフォルムが、彼女によく似合うだろう。
「まだ創って間もない『杖』なのですね。これからが楽しみですね」
「おや、それがわかるということは…貴方も、魔導師なのかね」
「ええ。任務を帯びてここへ来てから事件に巻き込まれ…。
今となっては、公爵家に戻りづらくなってしまいました。
私の杖は、そこに置いたままなのですよ…」
マリウス殿はため息をつくと、遠い目をした。
薬草茶を飲みながら、私は相槌を打つ。
「戻るとまずいのかい」
「公爵家内部に怪しい奴がいるようでして。うかつに戻ったらいけないと直感が告げていますね」
「それは…魔導師としては、きつい状況だね」
「ええ。持って来た魔術品もそれほど多くないですし、せめて、あの杖があれば…。
あれとは、かれこれ16年の付き合いになるのですよ」
随分魔導師歴が長いようで、私も思わず感嘆のため息が漏れた。
「随分と年季の入った『相棒』だねえ」
「これまでのどんな友人や恋人との付き合いよりも長いですね。
私の人生の大半に魔道は入り込んでいます。今後のことを考えると…どうにかして杖だけでも取り戻しに行きたいかもしれません。
はあ…考えることが多すぎて、なかなか休めそうに無いですね…」
そう零す彼の顔色は暗く、疲労が蓄積しているのを感じる。
やることが多いからこそ、今は休んでおくべきだろう。
「今日のところはもう眠った方が良いね。パンとシチューくらいならあるから軽く食べていきなさい」
そう促すと、彼は頷いて素直に従い、その後ベッドへ向かって行った。
余程疲れていたのだろう…。
私はリビングのソファで毛布を被り休むことにした。
昨夜の事件では戦いに参加していなかったものの、ムゥを捜し回ったり、情報交換したりと、眠れていなかったのは同じだ。
そして思う。
『杖』はその人だけのパートナーとなる存在。他の誰かのものを貸してあげることは出来ない。
最初から作り直せばいいという問題でも無い。
同じ魔女・魔導師という立場だからこそ、その気持ちはよく理解出来る。
これから何が起こるかわからないとなれば、『杖』は取り戻しておきたいだろう。
「私に出来ることなら何とかしてやりたいが…」
考えても答えは見つからない。
カーテンを閉め、『安眠のお香』を焚いて目を閉じる。
ムゥも、助けてくれた彼にとっても、事態が良い方向に向かってくれるようにと祈らずにはいられない。
周囲の精霊たちが彼を心配している気配が、何となく伝わってくる。
マリウス殿は知り合ったばかりであるが、こういう雰囲気を纏った人間に悪い奴はいないと思っている。
(彼の影響を受けて、ムゥも成長出来るといいのだけどねえ…)
などと、取り留めのないことを考えながら眠りに落ちていった。