伯爵令嬢は朝ごはんの時間です
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
「お嬢様ー! ムーンお嬢様ーーー!!」
――どたどたどたどた…。
「むにゃ…?」
廊下の向こうから、聞きなれた元気のよい足音が聞こえてくる…。
ジルがこうやって私の部屋まで押しかけてくることは多く、その時までにベッドから出られていないことも何度かあった。
それにしても、今日はやけに早い時間だ。
やはり、これからの準備や話し合い等、やるべきことが多いからだろう。
昨日はあれから、ほとんど寝てばかりで過ごしていた。身体よりも、精神的な疲れを強く感じていた気がする。
でも、おかげで今朝はかなりすっきりとした気分だ。
セラを部屋から出して着替えを済ませた後、入って良いことを伝えると、ジルと一緒に人間に戻ったセラが入ってきた。
「二人とも、おはよう。随分早いわね」
「はい! …何しろ昨日の話を聞いた後ですからね。このジルヴェスター、お嬢様につきっきりでお守りしていく覚悟です!」
「あ、ありがとう…。まあ、夜中も側で警護するとか言われなくてよかったわ…」
「そこはまあ、彼がいますから。なあ?」
と、ジルはセラを振り返る。
(あれ? もしかして…)
「セラ、もしかしてジルに…」
「ああ、言っておいた。あの時、お前がいなくなってから色々あってさ」
「そうなの? …あ、私これから朝食食べるから、一緒に食べながら聞かせて?」
込み入った話なので、リリアに朝食を持ってきてもらって、4人で私の部屋のテーブルを囲む。
ちょっと狭くなるけど。
そして私は朝食を食べながら、セラが昨夜のいきさつを語ってくれた。
「――まず、お前が魔法陣から消えた後なんだけどさ。いきなり周囲を黒服の男たちに囲まれたんだよ」
「えっ………大丈夫だったの!?」
「まあ5人くらいだったかな。そこまで多くは無かったし、俺らよりも何かを探している風で、あまり統率は取れてなかった。だから俺とジルでちゃちゃっと倒したんだけどさ…」
「うん」
セラが声を潜めて神妙な顔で言う。まるで怪談のように…。
「確かに気絶させたはずだったんだよ。でも…奴らをふん縛った後には…全員死んでいたんだ」
その言葉に、私も思わず息を飲んでしまう。
「そんな…間違えて殺しちゃってたなんてことないわよね?」
「そりゃもう。俺もジルもそれなりに実戦経験はあるさ。手加減を間違えてしまった時との違いなんてすぐわかる」
「奴らはやっぱり、私を探していたのかしら…?」
「たぶん…」
「あ…そういえば」
と、何かに気が付いたように呟いたのはリリアだ。
「どうしたの? リリア」
「ムーちゃん、私たちが襲われたあの時の男達は…確かに術で眠らせたわよね? あの後、あいつらから情報を聞けたかどうかって、聞いた?」
そういえば、あの時も今回も、襲ってきた敵の情報についてはほとんど得られていない。
「色々ありすぎて確認していなかったわ…。あの時のあいつらは…そのまま公爵家の護衛に捕まえてもらって、公爵家の方に引き渡したはず…」
「なら、あのマリウスとか言う奴が何か報告を受けているかもな」
「そっか。それじゃあ、早速話を聞きに行ってみましょう!」
と立ち上がりかけると、ジルとセラはなんだか微妙な表情をしている。
「…どうしたの? 二人とも」
「いえ…私にはお嬢様を止める権利などございませんし、特に何も…」
「そーゆーのやめろよ、ジル。言いたいことは溜め込まずに言っておかないと、大抵後悔するもんだぞ」
「…」
ジルが何も話そうとしないのを見て、セラが手を挙げて私に言った。
「じゃあ俺から言うな。お前がやけにあのマリウスって奴に懐いているんじゃないかってことさ。
まあ見るからに頼りになる奴だし、恩を受けた気持ちってのもわかる。
…にしても、まだ知り合ったばかりの得体の知れない奴だし、あんまり無防備に気を許し過ぎるのはどうかと思うぞ」
「え?? …そんなに変だった? 私」
「まあ、俺やジルが思わずいじけるくらいには差を感じたな。
…やっぱり魔術を使える奴が近くにいると、色々と気になるもんか?」
「いじけ………そうなの?」
と、言いながらジルの方を見る。
そういえばと、昨夜のセラのぷいと背中を見せた黒猫の姿を思い返した。
でもジルがいじけるなんてそんな…。
「いいえ。いじけてません」
と言いながらジルは明後日の方向を見ていて、表情が見えない。…しかし頬が赤いのだけはわかる。
と、そのジルの顔色で思い出したことがあるので伝えておかなきゃ。
(でも皆にバラされたく無いかもしれないからこっそりと…)
『…あ、そうだ。あの時の髪飾り、ありがとう。儀式の時には付けずに部屋に仕舞っておいてあったから、無くさずにちゃんとあるわよ』
と耳打ちすると、ジルはぶふぉっと吹き出して椅子から転げ落ちてしまった…。
「ど、どうしたの!??」
「なんでもありません。気にかけてくださり…ありがとうございます…」
ジルは部屋のカーペットに顔を埋めたまま、起き上がれなくなってしまったようだ…。
「えー何? なんだろう、気になるー」
と、リリアは目をきらきらさせてこちらを見てくる。
さすがに何も言えず、彼女には笑って誤魔化しておいたが、ふと皆に向き直り顔を引き締めた。
「でも、真面目に答えると…そうね。
私は魔女になりたいと言っておきながら、まだまだ勉強不足なの。
王立魔術学校に通っていたというマリウスさんの知識は私にとっては物凄く貴重だし、今回の事件関係の情報のこともあるし、聞きたいことがまだまだいっぱいあるのよ。
マリウスさんが今回の事件で見せてくれた魔術を、一つ一つ全部教えてほしいくらい。
【治癒】の術も使えないから覚えたいし…。事件の話だってまだまだ言いたいことや聞きたいことがあるし…。
そう思って色々話しかけていたら、マリウスさんに『焦りすぎ』だって言われちゃった」
「なるほどな。今のところあいつの言動に矛盾は無さそうだし、適当ぶっこいてる上っ面な奴とも違うらしいな。ま、お前が一人で抱え込んでいなけりゃいいよ。
事件の話だったら皆で取り組めばいいだろ」
と、セラは理解を示してくれたようだ。
ほっとしたので思わず笑みがこぼれる。
こんな大きな事件、一人の力で抱えきれないもの。
「うん。皆で話を聞きに行けると心強いわ。それじゃ、行きましょう!」
「セラは…私よりもずっと年下の少年のようなのに、なんだか大人びているんだな。
…それに比べて、俺は…」
カーペットの上に座り直し、俯いて何やら呟いているジルのセリフは、私にはあまり聞き取れなかった。




