【アドルフ視点】果たし状
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
聖クラウディア教:エムロード王国建国の王を支えた聖女クラウディアの教えから生まれた。教会は王国内の各地に存在している。
王立魔術学校:聖女クラウディアが創設した歴史ある魔術学校。王都に存在している。
――窓に、何かがぶつかる軽い音がする。
最初は気にも留めていなかったが、その音が断続的にずっと続いているのでようやく気が付いた。
自室の机で書き物をしていた俺は、おもむろに顔を上げてそちらを振り向く。
窓の端に黒っぽい影が揺らめいている。
カーテンを退けて窓を開けると、それは意思を持って中に飛び込んできた。
「!?」
驚いて思わず飛び退くと、部屋の真ん中で翼をはためかせたカラスがそこにいた。
それは高い声で一声鳴くと、黒い封筒へと姿を変えた。
「なんだこれは…マリウスの魔術か?」
封筒には何も書かれていないが、他に思い当たる人物は無い。
彼が日常の仕事で魔術も併用していることは知っていたが、自分宛に手紙を送ってくるのは初めてだ。
レターナイフで封筒を割き、手紙を取りだす。
『親愛なるアドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン公子様
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト公女様の身柄は預かった。
命が惜しければ、伯爵領西部 ヴァイツェン町南端の宿屋 流れ星亭まで来られたし。
5日後の日没までに来なかった時には、公女様の命は保証しない。
なお、公爵家内部の人間には他言無用。武具や火器の類、馬の持ち込みは無制限とする。
この手紙は、読み終わり次第焼却処分すること。
―――マリウス・リースベルク』
「!!???」
どこまで本気でどこから嘘なのか全く分からない。
飄々としたマリウスのことを思うと、全てをおちょくっているようにも見えるし、幾分かの本気が混じっているようにも見える。
わなわなと思わず手紙を握りつぶしてしまう。
一体あいつは何をやっているんだ。
そして彼女は今、どうしているのか…。
それにしても、ただの脅迫や果たし状にしては、後半の文章が引っかかる。
まるで武具や火器をむしろ歓迎しているかのような…。
「『一人で』とは書いて無いのか…公爵家外部の人間なら…?」
しかしそのような外部の知り合いに心当たりなどない。遠方へ連絡を取る時間も無い。
俺は皿の上に手紙を乗せると、燭台の火で手紙を焼いた。
そして素早く武装と出立の準備を整えると、一人公爵邸を後にすることにした。
「兄上、どちらへ行かれるのですか?」
物々しい恰好をしている俺が気になったようで、弟がそう聞いてくる。
「少し出かけるところがある。しばらく家を空けるが、すぐに帰るから心配するな。
公爵家のことは父上に任せておけば大丈夫だと思うが、不在中に何かあれば、判断はお前に任せる」
言うと俺は、素早く馬に乗って公爵邸を後にした。
マリウスはふざけた事を言う奴ではあるが、意味のない悪ふざけで他人を振り回すようなことはしない。
細かな指定があるところも気にかかる。
そう思うと、真剣に彼女の身が心配になってきた。
馬を走らせて真っすぐに街道を行き、伯爵領へ。
「無事でいてくれ――!」
風を切りながら、そう呟いて彼女の顔を思い浮かべた。