伯爵令嬢は狙われています②
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
皆の注目を一身に受けたマリウスは、改めてこう告げた。
「公女様は…これからも生命を狙われ続けるでしょう。しかも、居場所はほぼ把握されてしまっています。
彼女を至急、安全な場所に移す必要があります」
その言葉に、手を挙げて質問したのは私だ。
「マリウスさんは、私が魔女の名を汚している、教会の教義に反していると思って、捕縛しようとしたのですよね? 黒服の男たちは、マリウスさんとは違う考えを持って襲ってきたのですか?」
「そのようです。…というのも、最初は、彼らも私と同じ考えなのだと思っていたのです。
しかしそうではないことが、彼らの口ぶりから分かりました。
…奴らははっきりと貴女の生命を狙っていました」
「奴らは教会の関係者ではない、ということでしょうか?」
「わかりません。…カーネギーは、貴女の悪い噂を私に告げると、こう言いました。
『教会からの信頼向上のためにも、教義に反する輩には相応の贖罪をしてもらうべきだ。必要ならば、良い人材を紹介しよう』と。
奴らがどのような組織に所属して動いているかは、彼にしかわからないでしょうね」
「なるほど…今のところは、カーネギーさんが怪しいのですね」
「すべての黒幕とまでは思いませんが…何らかの繋がりを持っていそうですね」
「黒幕では無いのですか?」
「彼が、貴女の生命を奪って得する理由が思い浮かびません。
カーネギーは感情よりも金や権力で動きますから…。個人的な恨みという線も無さそうですね。
他の誰かが黒幕だとしても、貴女のような世間しら…いいえ。純真なお方を殺したくなる理由など…地位や財産や血筋くらいしか思い当たりませんね…」
「おい、オメー今なんつった」
「気のせいですよ」
セラの剣呑な視線をしれっと受け流すマリウス。
彼らの険悪な雰囲気を遮るかのように私は口を挟んだ。
「そう。だから私は最初、アドルフ公子の婚約者の座を狙われているのかと思ったのです。
例えば、カーネギーさんの親類の誰かを、アドルフ公子と結婚させたいと思ったとか…?」
「貴族のご令嬢の生命を狙った代償は自分の生命。そして、その親類もただでは済みません。
そんな考えなしの俗物は世の中にはまあまあ多いものですが…。
どうもそんなありがちな結末では無い気がするのです…。カンとしか言いようが無いですが」
(それにしてもマリウスさんは意外と口が悪いのね…)
などと思いながら、気になったことを発言してみる。
「あの、せっかくなのでここで言っておきたいのです。私の血筋について…」
「ムーちゃん…!」
リリアが咎めるように言うけど、懸念材料は早いうちに出しておきたい。
彼女に首を振って見せてから私は続けた。
「…と言っても、何かの確証があるわけでは無いのです。ただ、私の見た目…両親や親類の誰とも似ていなくて。想定外の血筋が入っていてもおかしくないとは…思っています」
「なるほど。今はそれだけでは何とも言えませんね。何か調査する時には、心に留めておきましょう。
ご両親は、そのことについては何か…?」
「いえ…何も。でも、両親からは何となく距離を感じています。乳兄弟のリリアや、乳母、お婆様の方が親近感がわくくらいです。母は…私を疎ましく感じているのでは、とさえ思います」
マリウスは私の話を聞くと、神妙な顔で頷く。
「ありがとうございます。話しづらいことを…」
「いえ、むしろ私、それで今思いついたことがあるんです」
「…と仰いますと?」
話しながら、ちょっとずつやる気が出てきたわ。
両手をぐっと握りしめて立ち上がり、その決意を皆に伝える。
「私がこのまま暮らしていたら危ないんですよね?
――なら、伯爵家を出奔して旅でも始めちゃおうかなって!」
良い思い付きだと思ったのに。
マリウスさんは驚いた拍子に片眼鏡を落とし、セラは目をまん丸くして口をぽかんと開けて。
ジルは勢いよく椅子からずっこけて、リリアは思いっきり椅子を蹴とばして立ち上がった。
「な、なんですってーーー!?」
素っ頓狂な叫び声が、魔女の家に響き渡った。