伯爵令嬢は狙われています①
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
「とりあえずお前は一発殴らせろ」
――伯爵邸へ帰ってお婆様の家に向かい、ジルやセラにリリアにお婆様…みんな集めて説明してから出てきた一言目。
それは、セラからのものだった。
「僭越ながら、私も彼に続きたく存じます」
そして二言目はジルから。
お婆様の家のテーブルを囲み、端の席にはマリウスが座っている。その隣には私。
二人とも、マリウスのことをずっと睨んでいる。いつ飛びかかって来るかとヒヤヒヤしながら、私はマリウスの前に立ちはだかるようにして彼らをなだめた。
「あの! みんな彼のことを誤解しているのよ。確かに私は攫われたけど、誤解が解けてからはちゃんと守ってくれたんだから」
「どのような誤解があったとしても、お嬢様を生命の危機にさらしたというのは…許せる理由にはなり得ません」
「こちらの話を聞かずにまず攫ってきたんだろ? そりゃあり得ねえよ」
「う…」
そんなやり取りを見て、マリウスは困るどころか何故か苦笑している。
「…なぜ貴女が困っているのですか。追いつめられているのは貴女ではなく私のことでしょうに」
「だって…マリウスさんは困っていないのですか?」
「私のやったことは自分で理解出来ています。
二発殴られるだけで許されるのであれば、むしろ僥倖と言えるでしょう。彼らの言うことはもっともです。
…殴った後で構いませんので、今の私たちの現状の説明と、互いの情報交換と行きたいのですが、それで宜しいでしょうか? 公女様だけでなく、私やあなた方の命とも関わりのある話です」
迷いなくそう告げる彼の目はいたって真剣で、挑発でも開き直りでもなさそうだ。
「ほら、まずは彼の話を聞きましょう? お茶でも飲みながら…ね?」
「お前はやけにコイツを庇うんだな。こういうのがタイプなのか?」
セラはそんなことを言って混ぜっ返してくる。
そう言われると、意識してなくてもつい頬が染まってしまう。
「えっ!? そういう話はしていないでしょ? 助けられて恩を感じているだけよ」
「そういうのをマッチポンプって言うんじゃね? そもそもコイツがしでかしたことが原因じゃねーの」
「それは意図的にやったらそうだけど…そうじゃないでしょう?」
そんなことを言い合っていると、マリウスも加わってくる。
「まあ、意図的ではありませんが…それを証明することが出来ませんね…。
あの黒服の奴らを連れてきたのは確かに私ですから」
「ムーちゃんを襲った黒服の男達というのは、どういう奴らなのですか…?」
そう尋ねるのはリリア。知らない間に起きていた事態に、不安の表情を浮かべている。
「それに答える前に…ちょっといいですか? アドルフ公子に至急手紙を届けたいのです」
言うとマリウスは、ふところから取り出した黒い紙で、もう一枚の白い紙を包むと、額に当てて念じる。
すると、それは一羽のカラスに姿を変えた。
カラスは、お婆様の家の窓から飛び出すと、真っすぐに北北西…公爵領の方向へと飛んで行った…。
「マリウスさんって、何でもできるんですね…」
カラスの飛び去った方向を眺めながら、そんな言葉が口を突いて出てくる。
これは、アドルフにとっては超有能な部下と言えるだろう。
「さすがにここまで働いたのは久しぶりですよ。そろそろ魔法力が悲鳴を上げ始めてきたところです。…結局徹夜になってしまいましたし」
マリウスは、一度片眼鏡を外すと、指で眉間を揉みほぐした。その顔には疲れが滲んできている。
「そうですね。私も…皆も、そろそろ休みたいのでは無いですか? 話はいったん休息してからでも…」
きっと、待っていた皆も心配や事件の調査や、私の捜索でろくに眠れていないだろう。
そう思っての私の申し出は、即座に拒否される。
「いいえ。今はその時間はありません。事態は思った以上に深刻なのです。
そのことを、一刻も早くお伝えする必要があります」
マリウスは立ち上がりテーブルに手を付くと、この場にいる全員を見渡してそう告げた。