参謀役は生き残りたい①
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
(――でもどうするの? 言霊を唱えるより、奴らが突っ込んで来る方が早いはず。
私も術で援護を…?)
…などと私が逡巡しているうちに、彼はふところから何かを取り出して投げつけた。
すると濃い霧が生まれて視界が全て遮られてしまった。
(これは、儀式の時に見たものと同じ…!)
「こちらです」
マリウスは私の手を引いて、女神像の後ろの壁に隠されていた扉を開き案内した。
そして振り返ると…。
――篤き地の精霊ノームの加護を得て、今ここに命ず――【土壁】
そう唱えて、通ったばかりの扉を術で塞いだ。
彼に渡されたランタンで、私が行く道を照らして先を進んでいく。
どうやら、この場所に最初から作られていた隠し通路のようだ。
(『始まりの教会』…聖女様は、どんな経緯でこんな場所に教会を造ったんだろう)
と、当時の時代のことに思いを馳せてしまう。
(? あれ、そういえば…)
「あの、そういえばさっき、『制裁を下す』って言っていたような…」
「ここで大きな術を使うことで、洞窟が崩れる可能性は否定しきれませんし…。
それよりも、貴女様と一緒に生きて戻る方が優先事項であることに気付きました。
ここで倒す以外の手段で、いずれ制裁は出来ることでしょう」
さっきの決め台詞がかっこよかった分、間が抜けた気分になってしまう。
(なんだか格好がつかないけど、確かにそうね)
命あっての物種。勝つためには手段を選んでいられないってことね。
彼は見栄や虚栄心よりも実利を取る、ドライなタイプのようだ。
マリウスは、歩を進めながら私に尋ねてくる。
「公女様、今の時点で使えそうな術や持ち物はありますか?」
「以前、襲われた時に【眠り】を使用したのですが、その時と同じ香油は持っています」
「その話を聞いた時に思ったのですが、それは貴女のオリジナルの技法なのですね?」
「どうやらそのようです…お婆様から教えられるまで気づきませんでした」
「興味深いことですが時間が無いので、詳しい話はまたいずれ聞かせていただきたいですね。
…四大精霊の精霊魔法はいかがですか?」
「【火炎】と【氷結】くらいなら使えると思います…」
「なるほど結構。…私の方は、貴女様を捕縛する任務のために、魔女術式のアイテムはいくつか持ってきています」
いつ敵が迫って来るかわからず、緊張から唾を飲み込んでしまう。
「この道の先に…敵が待ち構えていると思いますか?」
「この地――『始まりの教会』の地理に一番詳しいのは私である自負はありますが…奴らがこの隠し通路の出口を知らないという保証はありません。
なんとか敵を撒いて味方と合流したいところですね」
(味方――ジルやセラはどうしているだろうか? …心配してるだろうな)
無事に帰って安心させてあげたいし、私も安心したい。
「ここは…伯爵領の近くですか?」
「この洞窟自体が細長く、公爵領と伯爵領の両方に跨っています。
この通路の先は、公爵領南東はずれの村の付近に出ます」
どうにかして私達のいる位置を誰かに把握してもらえないだろうかと、私なりに考えを出してみる。
「私にくれた月長石に掛けられた波動は、マリウスさん以外にも探知することは出来るのですか?」
「あらかじめその波動を把握していれば可能です。例えば魔女術式に詳しい人に、その石を調べてもらっていれば…」
「それは…やっていないです…」
「ふ…詰めが甘いですね」
マリウスは初めて、笑みを見せてくれたような気がする。
私も釣られて笑ってしまい、ちょっとだけ緊張が抜けた。
「あはは…よく言われます」
「貴女は色々と誤解を受けやすい人のようだ。
例え世間に対し恥ずかしいことが何も無くても、振る舞いが怪しければそれだけで台無しになってしまいます。
世の中ハッタリというものは、意外と強力な力を持っているのですよ。覚えておきなさい。
『演じる力』は重要なのです。詐欺師にとっても、一般人にとってもね」
「マリウスさんは…そういうのお上手そうですね…」
私が感心のため息を漏らすと、彼は片眼鏡に手を添えてこちらを見た。
「…それは、私が詐欺師のように見えるということですか?」
「あ、いえ! そんなつもりでは…」
「いいのですよ。私にとっては誉め言葉です。ふふふ…」
マリウスの微笑みは、とても滑らかできらきらしていて…胡散臭く見えた。
(ああ、彼の笑顔がやけにキラキラして見えるのは、この『演じる力』のせいなのか…)
…と、通路の先から流れて来る風が強くなってくるのを感じた。
遠くから野鳥の声も聞こえてくる。
「…さて、そろそろ出口が近いです。
公女様。今から私の言った通りにしていただけますか? 生きてここを脱出しましょう」
そう言って口の端を笑みの形に上げる彼。
命の危機であるというのに、彼はこの状況を楽しんでいるかのようにも見えた。