伯爵令嬢は騎士のことをもっと知りたい
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
――今日も今日とて、私はお婆様の家や周囲の森に入り浸っていた。
最近は、創り出したばかりの杖の手入れに時間を多く取られている。
薬草や、魔法陣の知識とか…。必要なものを準備して、なんとか次の満月の日に儀式が出来るようにしておきたい。
そこで、杖の力をより高めることが出来るだろう。
ふと、側で控えてくれている騎士、ジルヴェスターを振り返る。
彼は周囲の気配に注意して視線を配ったり、時折素手のまま宙に向かって槍で突くようなポーズをしている。
鍛錬の一種だろうか。
「ありがとうね、ジル。騎士団も人手不足でしょうに、私のために…」
「いいえ! お嬢様の御身を直接お守りできる栄誉をこの私に下さるなんて、光栄の極みでありますっ!」
アドルフ公子の忠告を受けて、行動する時は護衛を付けてもらうように両親に相談をしたところ、彼を直属の護衛にしてくれた。
ずっとではなく、一時的な措置のようだ。
それでも彼はとても嬉しそうな様子で、私はその顔を見てほっとした気持ちになる。
私のために騎士団や彼に負担を掛けるのは、心苦しいもの。
「ふふっ、それは少し大げさじゃないかしら?」
「とんでもない、これでも全然足りないくらいです! 私にとっては、貴女様を直接お守り出来ないことの方が、悔しくて、歯がゆいことなのですから」
彼は、いつも大げさなくらいに私を敬ってくれる。
特に何かした覚えは無いのだが…。
「…ねえ。あなたが騎士団に入ったのは、確か5、6年前のことだったかしら」
「はい、私が15歳の時になります。5年前ですね。
お嬢様はその時11歳で…その時も、このように近くの森で遊んだり、草花を採ったりしておいででした」
「11歳の頃かあ…よく覚えていないのよね。
ただ、ずっと誰かが一緒にいてくれて、遊んでくれて楽しかった記憶があって」
アドルフ公子は士官学校に通い始め、彼とは会えなくなっていた頃だ。
私はその頃、どうやって過ごしていただろうか。
屋敷にも居づらくて、家庭教師からも逃げがちで…。
私の居場所が無い感じがしていて…それで、お婆様の家によく通っていた。
お婆様の家の近くにあるこの森は、すっかり私の庭のようなものだ。
でも、お婆様の家で遊んでいたあの頃は、楽しかった記憶だけが残っている。
リリアも仕事じゃない時には時々遊んでくれたし、他にも…。
ん、他…?
「ああ、やはり覚えていらっしゃらないのですね。
私は、あの頃のお嬢様に、何度も救われていたのですよ」
「えっ…?」
ジルは、いつものハイテンションを少し引っ込めて、懐かしそうに遠くの空を見上げていた。
彼は草原に腰を降ろし、促されるままに私も隣に座った。
「当時の私は従騎士として騎士団に入ったばかりで、騎士見習いの下働きをしながら修行に勤しんでおりました。厳しい鍛錬自体は、私自身の努力でなんとかなりましたが…。当時の上下関係というのは、なかなかきついものがありまして。
よく下働きの合間に、この辺りに息抜きに来たものです。ここに座って、川の流れを眺めてみたりして」
言われて私も、目の前の小川を眺めてみた。
心地よい水音と、自然の風景に心が静まっていく。
最近、色々なことが起こり過ぎて不安に戸惑ってばかりだったけど…。
目の前の水の流れのようにさらさらと、心の流れが整っていくかのようだ。
「そんな時に、よくお嬢様をお見掛けしました。
お嬢様は無邪気に私に話しかけてくださって、草花で飾りを作ってくださったり、草を混ぜ合わせて薬屋さんごっこをしたり…楽しい時間でした」
「あっ、あの頃の魔女ごっこの相手をしてくれていたのは、あなただったの…!」
「ええ、とても可愛らしかったですよ。ふふふ」
「やだもう、恥ずかしい…!」
物語で読んだ魔女のような真似事をして楽しんでいたのは覚えている。
しかし、誰と一緒に遊んでいたかはすっかり忘れていた。
「私は、あの時のお嬢様との時間に救われていたのです。伸び悩んで自信を持てないでいたあの時期に、私を必要として、遊ぶのを楽しみにしてくださる貴女がそこにいてくださったこと。
あの時間を心の拠り所として、私は騎士の叙勲を受けるまで頑張り続けることが出来たのです」
「うう…恥ずかしいけど…。そう思ってくれているのなら良かったわ…」
あの年頃は不思議と、自分だけの世界観を創り出して楽しんでいることが多かった。
その脳内の創作の世界観が、何故かとても楽しい時期だったのだ。
…そして、年月が経って振り返ってみると、急に恥ずかしく思えてしまう。
(出来るなら、このまま忘れたままでいたかったかもしれない…)
思わず顔を両手で覆ったまま、俯いてしまう。
…と、頭上からクスリと微かな笑いが降ってきた。
「…顔を上げていただけますか? お嬢様」
「え…?」
頑張って気恥ずかしさから抜け出して顔を上げてみると、髪に何かが触れた。
近くに生えていた花をくれたのか…と思いきや、触れてみると硬い感触。
「これは…」
「あっ…確かめるのは後にしていただけるとありがたいです! 私も…少し恥ずかしいです」
「えっ、そんなのずるいわ! 私ばかりこんなに恥ずかしいなんて!」
「…お願いします」
確かめようとそこに触れる私の手を、彼の手が覆った。
彼の頬は、いつになく赤く染まっている。
「………うん」
そんな顔で沈黙されると、私も何も言えなくなってしまう。
彼も私も、いつものペースを見失ってしまっている。
「――あっ、もうそろそろ帰らなければいけませんね! お送り致します、お嬢様!」
彼はちょっと強引にハイテンションを取り戻すかのように、そう言った。
私の顔が熱く感じるのも、きっと傾いてオレンジに染まる陽の光のせいだろう。
光が当たって輝く草原の中に、子供の頃の私と彼の姿を思い浮かべた。
「…ありがとう」
彼の存在に救われていたのは、私も同じ。
誰かに存在を認めてもらえること。それがとてもありがたいことなんだ――
帰路を辿りながら、また明日。
彼の元気な声が屋敷の廊下に響いてくるところを、私は想像していた。
厨二病(´・ω・`)