【アドルフ視点】そこはかとない悪意
ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト:今作の主人公でシュヴァルツリヒト伯爵令嬢。魔女になりたい
ソフィア・ルーン・シュヴァルツリヒト:ソフィお婆様。主人公・ムーンの祖母で、尊敬すべき魔女の先輩
リリア・クライスラー:主人公の乳兄弟で姉のような存在。伯爵家の次期メイド長となるべく修行中。実は剣が扱えて強い
セラ:シュヴァルツリヒト伯爵家に仕える下男。黒猫に変身出来る。隠密が得意
ジルヴェスター・ファーレンハイト:シュヴァルツリヒト伯爵家騎士団の第一部隊長。熱血漢
アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン:ヴァイスシュタイン公爵家長男で主人公の元婚約者。正義漢
マリウス・リースベルク:ヴァイスシュタイン公爵家の参謀役
ルドルフ:ヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長
カーネギー:ヴァイスシュタイン公爵家の相談役
エムロード王国:今作の舞台となる国。王子が3人、王女が2人いる
――帰りの馬車の中でのこと。
マリウスは先ほどからずっと、渋い顔をしてこちらを見つめている。
「アドルフ様…一つ、進言させてください」
「…わかっている。何度も聞いた」
同じ話を繰り返すのはごめんだ。どうせ俺の言うことが聞き入れられることは無いのだから。
だが、マリウスはさらに言い募って来る。
「ですが、貴方はまだわかっていらっしゃらない御様子。ですのでもう一度申し上げます。
彼女に肩入れをしてはなりません。
シュヴァルツリヒト伯爵家との婚約は既に破棄され、その発表も近日中には国内各地に伝わるよう、手配は済んでおります。
であれば、それ以上のことは伯爵家側の責任でございます」
「公爵家と伯爵家の末裔は、これまでの歴史上盟友として長年親交を結んできた。俺と彼女が協力し合うことの、何がいけない?」
公爵家と伯爵家がこれまでの歴史でずっと温めてきた親交。婚約破棄は、それを突然中断されたかのようで、俺にはとても納得のいかないことであった。
周囲に理由を尋ねてみても、誰からも納得のいく返答は得られない。
「貴方様には、それ以上にやるべきことが多くある、ということを申し上げているのです。
伯爵家との婚約が破棄となった以上、他のふさわしい家との縁談を進めていくことは貴方に課せられた義務です。
それに、伯爵家の心配だけをしていられる状況ではありません。
父君の後を継ぎ、王国の未来を担う臣下の一人となるべく、努力していくべきでは無いですか」
「それは、伯爵家に協力することと並行して出来ることでは無いのか?
ここで伯爵家を見捨てるような真似が、国の未来のためになるとは思わない」
「伯爵家の方も、婚約破棄を受けて他方の縁談を探しに行くことでしょう。
貴方と彼女が婚約破棄後もむやみに親しくしているのは、公爵家、伯爵家にとっては他家からの心証を悪くする行いであると存じます」
やはりマリウスも…周囲と同じようなことを言う。
なんだかんだともっともらしいことを言って、家を気遣っているふりをして…。その実、俺たちを引き裂きたがっているとしか思えない。
俺は思わず、手を掛けていた窓のヘリを握りしめ、力を入れてしまっていた。ギリっと音が鳴る。
「公爵家の奴らは…どこまでも、俺と彼女を引き裂きたいんだな」
「政治とは、個人の感情とは切り離したところに在るものです。
…ですが、人はそこまで器用に感情を割り切れるようには出来ておりません。
だから、いつの時代も道ならぬ恋やらつまらぬ醜聞やらがもてはやされ、伝承歌にもなっているのです」
マリウスは、恋だの愛だのと言った感情には興味が無い様子で、ただ外の風景を眺めていた。
「つまらぬ…か。お前はつまらないと言うんだな。
…いや、俺もそうか。昔は頭の悪い行いだと思っていた。だが、今は…」
馬車の窓から空を見上げてみると、上ったばかりの半月が柔らかく光を放ってこちらを見下ろしていた。
夜に紛れて蠢く悪意も世間の汚さも、闇は全てを包み込んで…月が優しく見守っているかのように見えた。




