伯爵令嬢は自由に生きる魔女になりたい
――私は魔女になりたい。
物心ついた時から、そう思っていた。
『魔女』というとよく「怪しげな薬を大鍋で煮込みながら怪しげな笑みを浮かべている老婆」だとか、「毒薬入りの果物だか何だかをお姫様に食べさせて呪いに掛ける」だとか、恐ろし気なイメージばかりが先行しているものだけど、本物の魔女はそんなことはしない。
だって、私の憧れのソフィお婆様を見たらみんなそんな風には思わないわ!
「――何をしているんだい、ムゥ。もうお昼の時間なんだから、手伝っておくれ」
「あっ、はーい!」
さっきまで書いていた日記から顔を上げると、私は急いでお婆様のいる厨房へと足を運んだ。
今日のランチはお庭のハーブと野菜を入れたパスタね。美味しそうな匂い。
お皿とお水の入ったコップを二人分並べて、食卓を囲む。
「しかし、お前もよく飽きないもんだね。こんなにここに入り浸っていたら、そのうちお前の母親がすごい顔で連れ戻しに来るだろうね」
お婆様はフォークで器用にパスタを巻き取るとわざとらしく肩をすくめて見せた。
「いいの。もうお母様も…お父様も、私のことは諦めているわよ」
「そうは言っても…両親が良くても、周囲はお前の自由は認めないだろう。
――もうお前も16歳。そろそろ、現実的な生き方を考えるべきじゃないのかね」
「……それでも、私は…」
――私には自由は無い。
シュヴァルツリヒト伯爵家の次女に生まれ、幼い頃から結婚相手も親に決められていた。
貴族の家の存続や地位の向上のために、政略結婚は欠かせないものだ。
十分な教育や暮らしを与えられて生きることが出来ているのだから、そこには別に異論は無い。
私と、私の家族の安泰のために必要なものだと思えば。
両親は教育熱心で厳しいところもあるが、幸い私たち子供の自由をある程度認めてくれているので、こうやってお婆様の元に通ったり、好きなことをして暮らしてくることが出来た。
魔女に必要な薬草や術式の知識の本も、お願いすればある程度お城から借りてきてもらえたり、商人から買い取ったりすることが出来た。
お婆様の家にも、本はいっぱいある。
お庭には術式に必要な薬草が多数植えてあり、近くには素材がたくさん手に入る小さな森がある。
ここは天国だ。
不自由な貴族の身に生まれながら、ここまでの自由を許してくれた両親には本当に感謝している。
しかし、私の結婚する相手は――
「…ん? 何だい、騒々しいね」
「…?」
ふと、多数の人間の足音や話し声が近づいてきていることに気付いた。
ガチャガチャと、鎧が軋む音が静謐な森林の風景に不釣り合いだ。
家の周りを、取り囲まれている…?
ややあって、家の扉がドンドンと、やや乱暴にノックされた。
「――突然の訪問、失礼仕ります。私はヴァイスシュタイン公爵家の騎士団長、ルドルフと申します。
シュヴァルツリヒト伯爵令嬢、ムーン・レナ・シュヴァルツリヒト殿。アドルフ・ノア・ヴァイスシュタイン公子より、至急のお呼び出しにございます」
―――は?