旅の代償
「桐島彩さん。富永明菜さん。2人には1か月の停学を言い渡します。それと北河葵さんは本日をもって退学処分とします。」
校長の酒井からそれぞれの処分が言い渡された。
彩と明菜は言い返すことができなかった。自分たちはまだ良い方だ。停学で済んだのだから。問題は葵だ。いくら友達を助けるためとはいえ、人を殺してしまった。それも4人も。
「葵、どうなるんだろう?」
「さぁ。でも無罪って訳にはいかないだろうね。」
「桐島、富永、ちょっといいか?」
担任の若林に呼ばれた。2人はそれぞれの処分の内容を伝えた。
「本来なら3人とも退学でもおかしくないんだ。ただ、なんとかお願いして停学で済んだんだ。そこのところ忘れないように。北河は残念だが庇いようがない。起こしたことがあまりにも大きすぎるからな。」
若林の言うことは最もである。停学ではなく退学でもおかしくなかった。それでも2人の心の中には葵に対する罪悪感しかなかった。
「それより2人にお客さんが来てるんだ。」
そう言うと奥から田口が出て来た。
「初めまして。弁護士をやっています田口浩輔と言います。北河葵さんのことで伺いたいことがあって来ました。お時間いいかな?」
彩と明菜は少し疑いながらも了承した。
「私は葵ちゃんのお父さんの倉本稔と大学からの仲良しでね。実は稔の弁護人も担当しているんだ。裁判ももうすぐ判決に入ろうとしている。手応えはあったから多分無罪を勝ち取れる筈だ。」
「無罪?どういうことですか?」
田口は少し考えた結果、明菜の質問に答えるように事件の裏側を教えてくれた。
「そんなことが、」
「まるで葵がやったことと同じだね。」
明菜と彩は事件の裏側を聞いて、驚きを隠すことができなかった。
「僕は稔から娘を助けてほしいとお願いされてる。もちろんそれには応えるつもりだ。でもそれには君達の協力も必要だ。どうか力を貸してくれないか?」
田口と一緒に葵を助ける。2人に迷いは無かった。
「こちらこそお願いします。葵を助けてください。そのためならどんな協力も惜しみません。」
彩の宣言に田口は頭を下げた。
「ありがとう。君達の協力ほど心強いものはないよ。」
3か月後、彩と明菜は復帰することができたが、クラスの隅の席に追いやられていた。みんな腫れ物に触るような目で見ていたが、逆にこの席の方が静かに授業を受けれて好都合だ。
授業が終わると2人は名古屋拘置所に行った。葵の面会のためだ。2人は少しでも時間があれば、少しでも葵に顔を合わせようとした。
「そんな何回も来られてもこっちはいい気持ちはしないよ。」
「葵に笑顔が戻るまで、何回でも来るから。」
彩の言葉に葵は少なからず笑ってくれてるように見えた。
「あ、笑った?彩の言うことがおかしかったから?」
「笑ってない。」
「え?私何か可笑しなこと言った?」
「大丈夫。言ってないよ。」
「いや、言ったでしょ。」
3人は久しぶりに笑顔で話すことができた。こんな生活が毎日送れたはずなのに。
「田口先生にはもう会った?」
「一回だけね。もうすぐお父さんの裁判が終わるから、その後、私の弁護人を担当するみたい。」
田口からは自分が説明するから事件のことは口外しないようにと釘を刺されていた。田口なりの考えがあるかもしれないが、今はその言葉を信じるしかない。
「また明日。会いに行くから。」
「そんな頻繁に来なくていいよ。明菜とツーリングでもして。」
「そっか。じゃあ彩、明日は久しぶりにツーリングでもする?」
「え?でも、」
「2人で行ってらっしゃい。たまには楽しむことも必要だよ。」
彩は葵の言葉に甘えることにした。ツーリングなんて久しぶりだけど、明菜とならどこに行っても楽しめると思う彩だった。
翌日、ツーリングをしていた彩と明菜はSAで休憩をしていた。
「これを飲み終わったら行こうか。」
「うん。そうだね。」
彩と明菜は紙コップに入ったコーヒーをゆっくり飲んでいた。明菜が飲み干して、コップを捨てた。
「じゃあ彩、行こうか。」
「ちょっと待って。あれ観て。」
彩の指さす方を見ると、倉本稔の裁判で無罪の判決が出たことを報じていた。家族を守るため仕方なく犯してしまった犯行のため、正当防衛とし、無罪となったと報道されていた。
彩と明菜は顔を見合わせて笑った。
「次は葵の番だね。」
「うん。必ず無罪で帰って来られるようにしよう。」
2人は期待を胸にツーリングを再開した。
2週間後、葵の面会に来たのは稔だった。
「お父さん!」
「葵。」
稔の隣には田口がいた。
「葵さん。お父さんは無事、無罪を勝ち取りました。次は葵さんの番です。」
「お父さんが無罪?どういうこと?」
「そっか、葵は知らないか。全てを話すよ。」
遡ること2年前の秋。葵が高校一年生の時、聡子が200万円の借金をして姿を消したのだ。警察に捜索願いを出したが、これと言った手がかりはなく、残ったのは聡子が残した借用書だけだった。しかも、稔を勝手に連帯保証人にしていた。
借金は少しずつ返済していたが、膨らむ利子を減らすのに精一杯で元の200万円を返すのには稔の給料では届かなかった。
取り立てはいつも近くの河原だった。
「今月分です。」
稔の渡した封筒を確認すると取り立ての後藤と古橋はニヤニヤ笑っていた。
「旦那さん。こんなんじゃ、いつまで経っても借金地獄ですよ。」
「しかし、私たちにも生活がありますし、」
「金借りた分際で口答えすんじゃね!」
古橋が稔の腹を蹴る。腹を押さえながら悶え苦しむ稔の顔を無理矢理あげる。
「そんなに給料が少ないならいい仕事紹介してやろうか?え?」
「今よりずっと楽に稼げるからよ。」
「お願いします。もう許してください。」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。」
後藤と古橋は稔に蹴りを何発も浴びせる。
「ちっ。稼げない旦那を持つと家族は苦労するな。」
「そんなんだから奥さん、借金作ってトンズラするんだろうが。」
すると後藤が何か閃いたような顔をして稔に近づいた。
「そう言えばあんたさ、高校生の娘いるんだろう。」
稔は驚いて後藤を見た。
「お父さんが稼げないんじゃ、代わりに娘さんに稼いでもらおうか。うちの店には結構なもの好きがいるから200万なんて楽に稼げるだろう。」
「ま、待ってください。娘には、娘だけには手を出さないでください。必ず、必ずお金は返します。だから、娘だけには、」
「うるせえんだよ。そのセリフはもう聞き飽きたんだよ。」
すると古橋は懐から折りたたみナイフを開いて、稔の横に突き刺した。
「なんなら、お前の指や耳をこいつで切って売り捌いたっていいんだぜ。」
「やめとけ。そんな奴の指なんかどこも買ってくれねーよ。とりあえず、今日はこれで帰るからいい返事待ってるよ、お父さん。」
後藤と古橋は笑いながら帰ろうとした。
「しかし、どうなんですかね。高校生のガキ連れてきたところで、商売になりますか?」
「構わねーよ。18だって嘘つかせて好きなだけヤラセたらどっか捨てちまえばいいんだよ。そしたら200万の余った分、紹介料として俺らに金が入るんだよ。」
下品な話に笑う2人に葵をやる訳にはいかない。そう思った稔は古橋が置いていったナイフを使って後藤の背中を刺した。その後は無我夢中で覚えてなかった。気がつくと血だらけの手と息をして動かなくなった後藤がいた。そこで初めて稔は自分が人を殺してしまったことに気づく。
その時、葵から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「もしもし、お父さん。もうすぐ晩御飯できるんだけど、まだ仕事?」
「あ、ああ。まだ終わりそうにないんだ。だから、先に食べて寝ててくれ。父さんの分は残さなくていいぞ。」
「やだ。今日はお父さんの好物だらけだから食べないと許さないからね。じゃあおやすみ。」
「おやすみ。」
そう言って電話が切れた。稔はスマホを額に合わせながら葵に詫びた。
(ごめんな、葵。父さん、もう葵の手料理、食べれないかもしれない。本当にごめんな。)
そう思いながら稔は警察に電話をし、自首した。
これが稔の犯した罪の裏側である。
「そうだったんだ。私、何も知らなくて、」
「無罪で終わったとはいえ、葵さんには身の覚えのない汚名を着せられることもありましたね。SNSはなんとかしないといけないのですが、具体的な対策もできないまま、年月だけが過ぎていく。本当にひどい世の中ですよ。」
「葵には本当にひどいことをしたと思ってる。だけど、お前を信じて帰りを待ってくれる人もいる。お父さんだけじゃなくて、あの時来てくれた友達も待ってくれているんだろう?」
葵は無言で頷いた。彩と明菜は自分を信じて待ってくれている。
「葵さん。来月から裁判が始まります。葵さんもお父さんと同様、正当防衛で無罪判決が出る可能性が十分にあります。一緒に勝ち取りましょう。」
「はい。よろしくお願いします。」
葵は深々と頭を下げた。いろんなことがたくさん起こり過ぎたが、父親の無罪判決と彩と明菜のことを思ったのか、葵の目には涙が溜まっていた。