明菜の決別
漫画喫茶で朝を迎えるほんの少し前に明菜はパソコンで地球信仰の会のHPを調べていた。明菜が名古屋に逃げるほんの少し前に比べると信者の数はかなり減っており、潰れるのも目前と迫っているらしい。その追い討ちをかけるように裁判沙汰になっているため、事実上解散している状態だそうだ。それでも最後まで活動を辞めず、トップの顔は明菜の母、明子だった。メーゼン明子という名前で信仰を続けており、胡散臭い文言を謳っている。
明菜は明子の顔を見て、歯軋りをたてながら睨んでいた。
「そんなに音を立てると歯が壊れるよ。」
上を見ると彩が心配そうに明菜を見ていた。
「ごめん。聞こえてた?」
「ううん。ただ、明菜が寝てないのはわかってた。」
「もうすぐ寝るから、気にしないで。」
「ならいいけど。あまり自分を追い込まないでね。」
「わかってる。」
明菜が返事をすると、彩は部屋に戻った。明菜は今日一日を振り返った。彩も葵も涙を流しながら、向き合った。友達への懺悔。父親と新しく作った約束。それに比べて自分は母親との絶縁を願っている。それを伝えるために明子に会いに行く。2人と比べて自分のやりたいことはどこか違うと思っていたが、これをしない限り、自分は一生母親の呪縛から逃げられないような気がした。自分は母親のような人間にはならない。そう決意をし、明菜も眠りについた。
翌朝。バイクのガソリンを満タンにするために寄ったガソリンスタンドで3人はコンビニで買ったサンドイッチを頬張っていた。
女子高生3人が朝早くバイクでスタンドに寄ることに店員はビックリしていたが、無言でいると気にしなくなった。
「住所はわかった?」
「わかってる。前住んでた家のままだった。」
明菜はメットを被ってバイクのエンジンをつけた。明菜を先頭に彩と葵は着いて行った。
明菜の家は普通の一軒家だった。だが、表札には地球信仰の会、東京支部と堂々と記されていた。
「ここで活動しているの?」
「今はね。前はでっかい講堂みたいなところだったんだけど、潰されて今はここで活動しているんだって。」
明菜はどこか懐かしむような気持ちで家を見ていた。
「じゃあ行こうか。」
葵が乗り込もうとすると明菜が制止した。
「私1人で行くから、2人はここで待ってて。」
「なんで、私たちも行くよ。」
「彩の言う通り、ここまで来たらどこに行くのも一緒でしょう。」
「2人の気持ちはすごく嬉しい。でも、私の母は目的のためなら手段は選ばない人だから。それに絶縁を伝えるためだけだから、そんなに長くは待たせないよ。」
そう言うと明菜はインターホンを鳴らした。
「どちら様?」
ぶっきらぼうな声が聞こえた。
「お母さん?私、明菜。」
明菜がそう言うと化粧の濃い女性が玄関から顔を覗かせた。明菜の顔を見ると明子は笑顔を見せて駆け寄った。
「明菜。久しぶりじゃない。お母さんは明菜は必ず帰ってくるって信じてたよ。後ろの2人はお友達?ここじゃなんだから、中に入りなさい。美味しいお菓子用意するから、さぁ中に、」
「お母さん!」
盛り上がる明子を止めるように、明菜は声をあげた。
「何?どうしたの?」
明子は明菜の顔を覗くように見た。
「お母さん。私。もう2度とお母さんに会わないから。今日はそれを言いに来ただけ。」
それを聞いて明子は急に怖い顔になった。
「何よそれ?あなた母親に向かってずいぶん偉そうな口聞くじゃない。」
「あなたのことはもう母親とは思わない。潰れかけの宗教にせいぜい縋っていなよ。」
明子は顔を真っ赤にして明菜をビンタしようとした。明菜はそれを左手で受け止め、右手でビンタ仕返した。明菜のビンタを喰らって明子は思わず、尻もちをついた。
「これが私の気持ち。受け取ってよね。帰ろう。」
明菜は帰るように促すが、後ろで明子が呼び止めた。
「待ちなさいよ!」
振り返ると明子は殴られた頬を触りながら、3人を睨んでいた。その顔は狂気に満ちいていた。
「あなたの気持ちはよくわかった。そっちがそういう態度で来るなら、私もそれなりにやらせてもらうから。お前たち!」
明子の声を合図のように屈強な男たちがゾロゾロと現れた。ざっと6人くらいが、明菜たちの周りを囲った。
「なんのつもり?」
葵の問いかけに明子は笑いながら答えた。
「あなたたちが生意気な態度をとるからこうなるの。大人を舐めると痛い目見るって教えてあげないと。恨むなら私を殴った明菜を恨むのね。」
明子が顔を横に動かすと、男たちが明菜たちを捕まえて、強引に家の中に入れた。
玄関に無理矢理入れると明子は明菜の髪を掴みながら無理矢理リビングへとひきつりながら連れて来た。
男たちが明菜の上半身を起こすと、明子が胸ぐらを掴みながら明菜に迫った。
「さっきのことを詫びて、信者になると言うなら許してあげる。でも断ったらあそこにいるお友達がどうなるか、ちょっと考えればわかるわよね?」
明子の後ろには男たちに羽交い締めされてる彩と葵がいた。
「2人は関係ない。解放してよ。」
「あなたが首を縦に振ればいい話よ。私も関係ない人間を痛めつける趣味はないわ。娘の大事な友達なら尚更ね。」
胸ぐらを掴み直し、明子は再び明菜に迫った。
「最後のチャンス。信者になってお母さんに着いてきなさい。そうすればお友達は開放してあげる。さっきのことも水に流してあげるわ。あなたに残された選択肢は首を縦に振る、ただそれだけよ。」
明菜は諦めて頷こうとした。
「ダメ!そんな話に乗っちゃダメ!」
彩は思いっきり叫んで、明菜を制止した。
「彩?」
「何よ?親子の問題に口を挟まないでくれる?」
明子が彩に睨みを効かせるが、彩は構わず明子を睨み返した。
「どうせ、明菜が頷いたところで、次は私と葵を引きづりこむつもりでいる。断ったらどちらかを傷つけるって脅しを効かせて。そんな手に引っかかる程、私たちは子どもじゃないわ。」
明子は腕を組みながら彩を見ると髪を引っ張った。
「痛い!」
「あなた随分と頭がいいのね。そう、その通りよ。あなたたち2人も誘い込むつもりだったのに、先読みされたらしょうがないわ。」
彩を床に押し倒すと、明子は鞄の中からナイフを取り出し、彩の顔の横に突き刺した。
「あなたが信者になれば、2人は開放してあげる。出来損ないを集めるより、頭が切れるあなたのような人の方がよっぽど価値があるもの。」
明子はナイフを突きつけて彩を信者にしようとする。しかし、彩は首を横に振った。
「私はあなたの言いなりにはならない。信者になるつもりもないし、誰も巻き込むつもりもない。」
彩がそう言うと明子は舌打ちし、ナイフを葵の首元に近づけた。
「私の手は狂いやすいの。早く頷かないとこの子の血で床が真っ赤に染まるわ。」
「やめて!葵に手は出さないで!」
明菜が必死に止めるように言うが、明子は聞く耳を持たない。彩の返事を待っているとふふっと笑い声が聞こえた。笑ったのは葵だった。
「おばさん。随分必死だね。そこまでして信者を集めたい?数が多ければいいってもんじゃないのに、脅して従わせて、飼い慣らすつもり?そんなんで作った信者なんてその場しのぎにもならない。すぐにボロが出てあっという間にここは壊滅だよ。リーダーさん?」
「このガキ。言わせておけば。」
明子は葵にビンタした。葵は床に倒れた。
「大人を舐めるのも大概にしな。あんたらはな大人しく言うことを聞いてればいいんだよ。」
明子が胸ぐらを掴んで葵にナイフを突きつけると、葵はニヤッと笑った。
「この時を待ってたんだよ。」
そう言うと葵は明子に頭突きをした。明子は頭を押さえて倒れると握ってたナイフを放してしまった。
葵はナイフを拾うと明菜を抑えてた男の首にナイフを突き刺し抜いた。男は首を抑えてバタつくが出血の量が多く、動かなくなった。
すかさず葵は彩を抑えてた男の腕に切り付ける。男が斬られた腕を抑える隙に、床に抑えつけあっという間に頸動脈を切り裂く。
「このガキ!」
残った男が葵に向かおうとするが、彩が決死の思いで体当たりし、男2人を倒す。残った男が葵に近づくが、明菜が男2人の足に縋って動きを止める。
「放せ!このガキ!」
明菜は蹴られても足を離さなかった。明菜に気を取られてる間に葵が男の心臓をナイフで突き刺した。そしてナイフを抜いて男の顔面を殴る。もう1人の男が向かってくるが、足を引っ掛け倒すと後ろの首に向かってナイフを突き刺した。ここで葵は体力の限界だった。肩で息をしながら彩の方を見ると、彩は羽交い締めされて殴られていた。
「彩!」
葵は彩を助けようとするが、その前に明子が立ち塞がる。
「調子に乗るなよ。小僧たち。次はあんたらが痛い目を見る番だ。」
明子が怖い顔をして葵に近づくが、葵は逃げることができない。というよりは逃げる体力が残っていなかった。
「もしもし、警察ですか?助けてください。地球信仰の会の信者たちが友達に暴力を振るってるんです。場所は東京都文京区13-#2です。」
明菜が携帯で警察に電話をしていた。
「明菜!何するのよ。」
「私は2人を助けるためにできることをしただけ。彩と葵を傷つけるなら誰であろうと許さないから。」
明菜は明子に睨みを効かせていた。その隙に葵は彩の元へ駆け寄って殴っていた男の腕を掴んで殴らせないようにする。
男は必死に葵を放そうとするが、葵は男の腕に噛み付く。男は悲鳴をあげながら、葵を放そうとするが、気がつくと男の腕から血が出ていた。
「お前やめろ。」
彩を抑えつけてた男が葵を放そうとするが、葵は噛みつきを止めようとはしなかった。彩はそんな光景をただ見ることしかできなかった。
すぐに警察が駆けつけて目の前で起こった惨劇を目の当たりにする。彩の顔に残った殴られた跡が証拠となり、男2人と明子を暴行罪の現行犯で逮捕する。これで一件落着とはいかず、葵が警察に男を殺したのは自分だと正直に言って、殺人の現行犯で逮捕されてしまった。
彩と明菜も警察に事情聴取を受けて、開放されたのは夕方をとうに過ぎていた。
警察署で明菜の帰りを待っていると彩の母親の薫と父親の幸雄。そして若林が駆けつけた。
「彩!」
彩は3人を見て立ち上がった。そして殴られると思い、目を瞑った。しかし、彩の予想とは反して薫は彩を抱きしめた。
「お母さん?」
「心配させて。このバカ。」
「お前にもしものことがあったらと思って。どれだけ心配させたと思うんだ。」
2人には家出をすると置き手紙は残したが、東京に行くことは告げてなかった。それなのにどうしてここにいるのかわからない。
「森山さんが教えてくれたの。彩が友達と一緒に家に来たって。」
紗奈の両親は彩たちが出た後、すぐに桐島家に連絡した。2人は心配していたが、その連絡を頼りに東京まで来ていた。
「先生もじっとしていられなくて、一緒に来てしまった。でも、無事で何よりだ。」
「お母さん、お父さん、先生。ごめんなさい。ごめんなさい。」
これだけたくさん迷惑をかけて、彩は自分が起こした重大さに気づいた。