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心のままに  作者: 長津九季
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彩の懺悔

7月24日。終業式を終え、クラスでは大学受験に向けた対策講座の説明をしていた。誰もがこの夏休みを勝負の時だと感じている。進学希望を出していない3人以外は。

 長い説明を終えやっと帰路に着く3人は約束の日時の最終確認をした。

「いい?明日の朝7時半にこの間のパーキングエリアに集合。持ち物は各自必要なものを持ってくること。正直着替えは下着類以外はいらないかも。お風呂に入るとかは期待しない方がいい。漫画喫茶で朝を迎えるのも覚悟しててね。」

「わかった。」

「望むところ。」

「それじゃまた明日。」

 解散した3人の顔は決意と覚悟を決めた満身創痍な表情をしていた。

 朝6時半。出かける準備を済ませた彩はテーブルに置き手紙を残して家を出る。

「お父さん、お母さん。ごめんなさい。初めて家出をします。」

 そう言うと彩はバイクを走らせ振り返ることなく集合場所へ向かった。

 予定の時間より早めに着いたはずなのにすでに葵と明菜は揃っていた。

「早くない。集合時間まであと20分もあるんだよ。」

「なんかソワソワしちゃって。じっとしていられなかったんだよね。」

「私も。言い出しっぺのくせに変に緊張しちゃって。」

 2人に呆れながらもこれからのスケジュールの確認をする。

 最初は彩の目的地である森山紗奈の家に行くこととなった。住所が変わってなければ会えるはずである。そしてその後は東京留置所にいる葵の父の倉本稔との面会を行う。面会のやり方は事前に調べてきてある。最後に明菜の母親に会うために元いた家に行く予定だ。

「このスケジュールに異論はないね。」

「うん。大丈夫。」

「なら行こうか。」

 3人はバイクに跨り、彩の目的地まで出発した。

「その時一緒にいじめてた子とは連絡取れたの?」

「ううん。事件を追及された後は全く会ってない。転校したって聞いたんだけど、どこに行ったかはわからない。」

「門前払いを喰らうかもしれないけど、それでもいいの?」

「いいの。でもできるだけ粘ってみようと思う。謝ることしかできないけど、紗奈にもう一回顔を合わせたいから。」

 彩は何度過去をやり直したいと思っただろうか。元は仲の良い友達だった。バイクだって紗奈の影響で始めた趣味だった。彩が免許を取った時も紗奈は誰よりも喜んでくれた。

 なのに一緒にバイク走らせることはなかった。それどころかあんなに喜んでくれた紗奈を彩はいじめてしまった。顔を踏み、机に落書きをし、紗奈の物を盗むなど、今考えるだけでも自分の愚かな行動を憎んでしまう。しかし、それはもう取り返しのつかないことだ。謝ることしかできないが、それだけだとしても彩は心からの謝罪がしたい。

 途中で昼食休憩をとりながら、何とか東京へ入ることができた。あとは彩の記憶を頼りに森山家を目指す。閑静な住宅街に森山家はあるという。

 その途中、葵がストップをかける。

「どうしたの?」

「やばい。バイク壊れた。」

 葵のバイクはタイヤのを繋ぐ部分が破損し走らせることができなくなってしまった。

「あーあ。どうするよ。」

 落胆する明菜だが、葵は気にしてないみたいだ。

「まあボロかったし、いずれ壊れると思ってたから心配ないよ。このあとはどっちかのバイクに2ケツするけど、その時はこのバイクは置き去りにする。撤去されてたらそのままにしておく。」

 葵は親指を立てて笑顔を見せる。そんな楽観的な葵を明菜は笑っていた。その時、彩が声を上げた。

「あった。紗奈の家。」

 彩の指先にある家の表札に確かに「森山」と書かれていた。

 バイクを路肩に停めて玄関前に行く。

「大丈夫?少し時間置いてからにする?」

「大丈夫。ここまで来たらやるしかないよ。」

「彩。頑張って。」

 彩は頷くと震える指先でインターフォンを押した。

 ピンポーンという音がやけに心臓に響く。彩は緊張してるから尚更だ。

「はい。どちら様ですか?」

 女性の声が聞こえた。紗奈の母親だろうか?

「あの、彩です。桐島彩です。」

 彩がそう言うとブツリと切れた音がして玄関までドカドカと足音が聞こえた。勢いよくドアが開くと顔を真っ赤にした女性が出てきた。

「あなた、よくも!」

 彩の前に来ると思いっきりビンタした。それだけでは足りないのか胸ぐらを掴み大声で迫ってきた。

「あなたのせいで、紗奈が、紗奈が、紗奈が!どうしてくれるのよ!紗奈を返しなさい。返しなさいよ!聞いてるの?」

 彩は何も言い返すことができなかった。それどころかあまりの迫力に3人とも固まってしまった。

 女性の顔が葵と明菜に移る。

「あなたたちは誰?もしかしてこの子と一緒に紗奈をいじめてた仲間?」

「いや、私たちは、」

「この子たちは関係ありません。一緒にいじめてた子とは連絡が取れませんでした。」

 彩は初めて声を出した。恐怖で声が震えているのはわかるが、それでも彩にとっては勇気のいることだったろう。

「裕子おばさん。今更来て何の用かと思うかもしれませんが、紗奈に謝らせてください。お願いします。」

 彩は頭を下げるが、当然中に入れてくれる訳がなかった。

「あなたが謝ったところで、あの子は帰ってこない。言っとくけど、私はあなたを許さない。理性が残ってるうちにとっとと帰りなさい。」

 でも彩は引き下がらなかった。

「お願いします。確かに謝って許されることではありません。大事な紗奈を奪ってしまいました。でも、どうか謝らせていただけないでしょうか。今の私にはそれしかできません。だからどうかお願いします。」

「お願いします。」

 葵と明菜はいてもたってもいられず、一緒に頭を下げた。

「母さん、どうしたの?」

 奥から紗奈の父親、森山浩成が出てきた。

「浩成おじさん。」

「君は彩ちゃんか。」

「はい。」

 浩成も帰ってもらうよう促そうとした時、玄関前にあるバイクが目に入った。左側にある彩のバイクはホンダのCB400。そして紗奈との会話がふと蘇る。

「どうした、バイクのカタログなんか読んで。」

「だって彩ちゃんが中型二輪免許取得したんだよ。一緒にツーリングに行く約束したんだ。」

「約束って、彩ちゃん取ったばかりだろう。まだバイクは持ってないと思うけど。」

「だから私と同じバイクを買ってもらうようお願いしないと。今も売ってるかな?」

 紗奈は彩とのツーリングを楽しみにしていた。だが、それが叶うことはなかった。ツーリングどころか彩との不仲が生まれていた。喧嘩でもしたのかと軽く見ていたが、まさかイジメだったとは気づいてあげられなかった自分を何度恨んだことだろう。

 しかし、その彩は紗奈と同じバイクを持っている。

「そのホンダのバイクは誰のだ?」

「私のです。」

 彩が手を上げる。

「どうやって手に入れた。」

「免許を取ったあと、親に買ってもらいました。紗奈がカタログで印を入れてたので、それをねだりました。」

 浩成はガレージを開ける。そこにはまだほんの数回しか走らせてないホンダのCB400があった。色も彩のと瓜二つだ。

「君たちはどこから来た?」

「名古屋です。今朝出発しました。」

「真ん中のバイクは誰のだ?」

「私のです。」

 葵のバイクを近くで見る。

「この状態でよく来れたものだ。母さん、彼女たちを中に入れてあげてくれ。」

「ちょっとお父さん。」

「勘違いするな。このバイクのメンテが終わるまでだ。帰りにメンテ不足で事故りましたなんて聞いたら目覚めが悪い。」

 裕子は納得いってないようだが、仕方なく彩たちを家の中に入れた。

 仏壇に飾ってある写真の紗奈は眩しいくらい笑っていた。最後にこんな笑顔に会ったのはいつだろう。彩は思い出せないでいた。そもそも紗奈の笑顔を消したのは自分自身だ。

 いくら悔やんでも紗奈は戻ってこない。

 そう考えていた時、裕子が彩に封筒を渡した。

「あの子の遺書よ。あなたのことも書いてあるからせいぜい読んで反省するといいわ。」

 裕子の語尾は怒りで震えてるように聞こえた。彩はおそるおそる封筒を開けて手紙を広げた。

「お父さん、お母さん。先立つ不幸を許してください。親不孝でごめんなさい。語っていた夢を見せてあげらなくてごめんなさい。バイク、買ってくれたのにほとんど乗れなくてごめんなさい。

 そして彩。あなたの寂しさに気づいてあげられなくてごめんなさい。あなたの顔が本当は後悔でいっぱいなのに、無理して笑っていることに気づいていたのに助けられなくてごめんなさい。ツーリングするっていう約束、守れなくてごめんなさい。

 お世話になった皆さん。本当にごめんなさい。  森山紗奈」

 手紙の最後の部分は濡れていた紗奈が書いている時に泣いていたのか、それとも裕子が読んでいる時の涙か、それとも今読んでいる彩の涙か。

「紗奈、ごめんなさい。謝るのは私の方なのに。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 彩は泣きながら喉を潰してしまうかもしれないくらいごめんなさいを連呼していた。その様子を見ながら裕子は涙を流し、外で聞こえていた浩成も葵のバイクを修理しながら涙を流していた。

 叫び疲れたのか彩は寝てしまった。明菜の膝を枕にして寝ている。

「その子が起きたらこれ、あげてちょうだい。」

 はちみつのマーマーレードだった。8個入りの箱を一箱くれるようだ。

「あなたたちの分もあるわ。仲良く分けなさい。」

「ありがとうございます。」

 葵が受け取ると浩成が戻ってきた。

「無事治ったよ。これでメンテ不足による事故は防げるだろう。」

「ありがとうございました。では私たちはお暇します。」

「いや、もう少しいなさい。彩ちゃん、気持ちよさそうに寝ている。起きるまでここにいると良い。」

「しかし、長居するわけにもいかないですし、」

「急ぎの用事でもあるのかい?」

 用事はあるが急いではいない。

「急いでないなら起きるまで待ってあげると良い。彩ちゃんには悪いが、許さないし、そのつもりもない。ただ、謝ってる声は聞こえたから、その思いだけは信じてやろうと思ってる。」

「そうしてあげてください。彩はずっと後悔していましたから。」

 明菜はそう言いながら彩の頭を撫でる。彩は一向に起きる気配がない。

「君たちはもう名古屋に帰るのか?」

「いえ、まだ行くところがあるので。」

「そうか。気をつけて。」

「はい。」

 すると裕子が葵の顔を見て首を傾げていた。

「あなた、どっかで見たことあるような、」

 葵はギクっとした。この夫婦もSNSをやっている可能性は十分ある。もし気づかれたらなんと言えばいいか。葵が焦っていると、彩が伸びをしながら起きた。

「うーん。あ、あ、ごめんなさい。おじゃました挙句寝てしまって。」

「構わんよ。胸に支えってたのが取れたんだろう。」

 今がチャンスだと思った葵と明菜は無理矢理彩を引っ張りながら家を出た。

「じゃあそろそろ彩も起きたことだし。おじゃましました。」

「失礼しました。」

 逃げるように帰った様子を見て、2人は不思議に思いながらも3人を見送った。

「満足した?彩。」

「うん。思いの丈は多分すごく出たと思うから。」

「そう、なら良かった。」

「次は葵だっけ。」

「うん。ここからちょっとかかるけど、行けるところまで行っちゃおう。」

 そう言って3人は東京留置所に向かってバイクを走らせた。


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