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【連載版】口約束は果たされた~辺境伯家の婿は溺愛される~  作者: 山吹弓美


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55.正確な判断を

 かつかつかつ。

 硬い足音が、少し早足で近づいてくる。元父上、周囲で見ていた騎士たち、そして俺たちも、足音の主に視線を向けた。


「ジョナス。何をやっている」


「団長!」


 元父上の名前を呼び捨てにできるのは、ほんの一握りの人物と聞く。元父上自身がその地位で呼んだ、ガロイ・オートミリア騎士団長その人なのだろう。

 黒髪と、同じ色の口ひげを蓄えた偉丈夫。騎士団としての制服の上、真紅のマントが翻る。

 この人がやってきただけで、場の雰囲気が引き締まるのが分かった。何しろ、元父上ですらぴしりと背筋を伸ばしたからね。もちろん、俺も養兄上も。


「いえ、この部外者共が勝手に騎士団基地に入り込んできていたので」


「わしが呼んだからな。直接話を聞きたくて」


「え」


 ……元父上。部外者が他にもいる騎士さんたちに排除されていない理由、少しは考えろよ。先導の騎士さんがいるんだよ、俺の横ですっごく困った顔してるじゃないか。


「エルザント公爵子息のお二方、ご足労かけて済まないの」


「いえ。実際に見てみたおかげで、可愛い弟がどれだけ苦労していたか完全に理解できましたし」


「皆様には、お手数おかけしております……」


 はっはっは、と笑う騎士団長に、俺は思わず頭を下げる。あと養兄上、すっごく黒い笑顔しておいでなんだけど。わあ怖い。

 それから、先導の騎士さんに向かって困った顔の騎士団長は、たしなめるように言う。


「エーミール、わしの客人だとはっきり言ってよかったのだぞ?」


「一応、言おうとはしたんですがその……副団長の言い方があまりにも酷くて」


「なるほど。後で、お前からも話は聞くこととしよう」


 そういえば、元父上絡みでこちらに呼ばれてんだよな。たった今の元父上の発言に対してエーミールさんか、この人も証人になってくれるってことだな。


「では、お二方はわしの執務室までおいでくだされ。エーミール、案内とお茶の用意を」


「承知しました。こちらへどうぞ」


「あ、こ、こら」


 俺たちが騎士団長の客人であることに固まっている元父上を置いて、エーミールさんが案内を再開してくれた。あーよかった、いつまでも元父上の側にはいたくない。こう、どうしても緊張してしまうしな。

 で、元父上は俺を引き止めたいのか声を上げたのだけれど、それに対して返事をしたのは騎士団長だった。厳密には、返事ではないけれど。


「ジョナス、お前は今自宅謹慎中だろうが。何しに来た? 不正行為の証拠隠滅か? 書類は全部移してあるぞー」


「なっ!?」


「早う家に帰らんと、今度は衛兵呼んで叩き出すからな。ちゃんと十日間、家で大人しゅうしとれ。その後で沙汰を出す」


「ひ、ひええええ」


 …………えーと。

 自宅謹慎なのに基地に出てきて、それで俺と顔を合わせて、そうして上司に怒られたのか。あの人はもう、何を考えているのやら。

 まあ、平気で出てきていた理由くらいは分かるけれど。


「完全に自滅だな、あれは」


「騎士団長に見つからなければ良い、と考えていたのではないかと」


 そう、見つからなければ良いと考える人だ。元父上も、その影響を多分に受けたであろう元兄上も。

 だから元兄上は、俺にやらせた書類を自分でやったものだと部下たちと口裏を合わせた。元父上はそれに気づかなかったのだろうけれど、だから『役立たず』だと思った俺を政略結婚のつもりでヴィーのもとに送り出した。

 少なくとも元父上については、自分が正しいのだと思いこんでいたからそういう事ができた。元兄上は……俺のことを隠していたのだから、悪いことだとは思っていたのかもなあ。ま、正直もうどうでもいいけれど。


「お前らも。ジョナスの謹慎はそこに張り紙しとるだろうが、わしの名前出して追い出して良いんだぞ?」


「は、はいっ」


 だいぶ離れたんだけど、まだ団長さんの声が聞こえる。というよりは、多分多くの人に聞かせているんだな、あれは。

 意図的に声を張り上げているのは、なんか分かるから。

 と思っていたら、エーミールさんが肩越しにこちらを振り返った。


「団長が大声で申し訳ありません」


「いえ。騎士団員への処分と判断の徹底、あとは外部である我々に騎士団としての判断を示すためですよね、あれは」


「ご理解いただけて何よりです。王都守護騎士団の副団長が素行不良やいろいろな問題を起こしていますので、それに対する処分をこちらがきちんと行っている、と理解して頂きたいもので」


 要は、あの暴走は元父上とその一派がやってることなのだと騎士団長は言いたいわけだね。分かる分かる。

 アルタートン家がこれまでに王家に対して忠誠を誓い、守護騎士として働いてきたためになかなか処分が難しいんだろう。元父上に忠誠を誓ってる人たちも多いだろうし。

 でも、それではもう、抑えられなくなったから。


「外部の者が言うのもアレなんですが……そろそろ降格か解雇、というところですかね」


「騎士団長が正確にその辺りの判断をするためにも、お二人にはおいでいただきました」


 ラグラ養兄上の探りを入れるような言葉に、エーミールさんはそう答えてのけた。ああ、俺たちが呼ばれたのは、元父上にとどめを刺すためか。

 ……元母上とか、使用人さんとかはどうなるんだろうな。いや、既にエルザントの三男である俺には関係のないことか。当人に問題がないなら、どうにかして新しい場所を見つけることができるだろうから。

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