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18.書類

「いい気味ですわ」


 午後のお茶の時間。

 実家の状況を知ったことをヴィーに伝えると、彼女の口から最初に出てきた言葉がこれだった。


「あっさり切り捨てたね、ヴィー」


「だって、セオドール様の努力を歯牙にもかけなかった皆様ですもの。今更セオドール様の素晴らしさに気づいたとて遅いのです。ほんっとうに、いい気味ですわ」


 拳握って力説しなくてもいい、と俺は思うんだけど……まあ、今更遅いよなというのは俺も同感。

 本当に、今更なんだよな。


「まあね。仕事はちゃんとやってたんだから、その努力は認めてほしかったんだけどな」


「そう、ですわね……」


 つい、ため息混じりに本音を言ってしまうと一瞬だけ、ヴィーが大人しくなった。本当に、一瞬だけ。

 くわっと目を見開くようにして、多分関係するであろう話を始める。


「……お父様が、アルタートン家について調査なさった資料の中にあったのですが」


「うん?」


「ロードリック様の部隊についてです。魔物討伐を始めとした任務の成功率は高く、またそれに関する報告書の完成度も極めて高い上に提出が早い、と」


 兄上の部隊について。

 任務の成功率は……まあ、王都を護るための騎士隊なんだから高くないと困る。それだけの実力者が集まっている部隊のはずだし。

 少なくともアルタートンの血筋である父上も兄上も、戦闘力はとても高い。我が身で受けた、俺はよく知っている。

 ……まあ、兄上の場合戦闘はともかく報告書となると。


「多分、俺が手掛けた書類だよね」


「そうだと思われます。王城のほうでは、ロードリック様は大変能力の高い右筆もしくは秘書を有しているのだろう、と噂されておりましたようで」


「……あー。兄上本人の仕事とは元々見られてなかったわけか」


 へえ。

 それはまあ、確かに書類はほぼ俺がやっていたわけで。けれど、兄上はそれを自分のサインを入れて提出していたはずだ。

 ああ、他の人でも実際には、別の部下が実務を担っていることが多いってことか。だから兄上も、彼自身の仕事ではないと思われていた、と。


「セオドール様は、実際に騎士隊としての任務につかれたことは?」


「いや、ないね。正式に所属していたわけではないから」


 ヴィーに問われて、首を振る。あくまでも俺は、アルタートン家内で兄上の手伝いをしているという建前になっていた、らしい。

 外での自分の評判、知らないんだよ。社交とかは全くやったことないから。ヴィーを始めとしたハーヴェイ家での評判はいいんだけれど、多分ヴィーの贔屓目が入ってると思うし。


「それであれば、戦の実態はご存知ありませんわね」


「うん、知らないな。報告書のもとにする資料とかはいっぱい読んだけれど」


 そう、ほとんど外に出ない俺は、兄上たちが実際にどんな戦をしたのか知らない。俺の知る全ては紙の上、文字で記された情報だけだ。

 ハーヴェイの、ではあるけれど騎士団の一員でもあるヴィーは、俺よりもずっと知っているんだよな。そうして、事実を文章にまとめるに至る過程も。


「例えば魔物討伐の報告書ですが。参加した人員及び兵装の詳細、場所とそこまでの道のり、討伐した魔物の種類や体長を始めとした特色、戦闘の詳細などを記されますわよね」


「うん、それはよく書いた。ヴィーも書いたんだろ?」


「はい。部下たちの報告と自分自身が見てまとめたものを、彼らと情報交換しつつ更にまとめることになるのですが」


 部隊長が、自分の経験と部下の報告を、自分たちで情報や意見を交換しつつまとめる。それが、提出される報告書になる……本来であれば。

 けれど兄上の部隊の報告書は、資料と情報だけを渡された俺が一人でまとめて、兄上に差し出すものだった。つまり。


「……兄上の部下がそういった情報交換を兄上としたことはないし、見た人も聞いた人もいないか」


「ええ。その中には、自身の戦果をメモ書きにして出せばいいから楽だとうそぶいている者もいたとか」


「ああ、雑なメモも結構あった。多分同じ人だね……字の癖は覚えてしまってるよ」


 ああいうの、個人差があるんだよな。何だかんだできちんとまとめてくれる人もいれば、そこらの使い古しの紙の裏に雑な走り書きのメモだけ出してくるやつとか。

 というか、上司に提出する書類としてどうなんだ、それは。


「……と、俺は思うんだけど」


「『上司に頭が上がらない、書類づくりにこき使われている誰か』に提出すると分かっているのであれば、手を抜く者はおりますわね。つまりは外面が良いだけの愚か者というやつですが」


 ヴィーに聞いてみると、また辛辣な答えが返ってきた。兄上が読まないと分かっているから、手抜きしているというわけか。

 ……今は大丈夫なんだろうか。俺には関係ないけれど、書類を読まされる人の身になってしまうな。


「セオドール様。書類を読む方が可哀想、とかお考えではありませんか?」


「え? うわ、わかる?」


「ええ。セオドール様は、お優しいですから」


 先程までの怒っている表情から一変、俺を見るヴィーの顔はほんわかと柔らかい。そうか、俺って優しいのかな。

 まあ、それはそれとして、だ。


「実際は、どうなのかな」


「書類を審査する担当者は苦労なさるかと思いますが、それでお叱りを受けるのは間違いなくロードリック様ですわ。セオドール様がお気にかけることは、全くございません」


 俺の疑問に答えてくれたヴィーは、とても真剣な眼差しで俺を見つめてくる。これが、当然のことなのだと。


 俺は、自分で面倒事を背負い込む質なのかもしれないな。ヴィーはそれを、ひょいひょいと振り払ってくれる。

 本当に、彼女に会えてよかった。

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