99 飼い主探し
「うーい、やってますか? 昨日、五六の家から帰る途中、たかさごに寄って掲示板に貼ってきましたよ、ポスター」
翌日、新学期最初の部活動が行われていた文芸部の部室にソ連がやってきた。気怠げな声が部屋に響く。
「ダンケ。こっちも生徒会の方に頼んで学校の掲示板に貼ってもらった」
「何々、ソレンヌちゃん、五十六番の家から朝帰り?」
「誰も朝とは言ってねえし、何でポスターについてじゃなくそっちの方を気にするんですか」
「ポスターについてはさっき五十六番から聞いたからねー。インコ保護してるんでしょー? 私も見に行こうかなあ。ねえ、良い?」
「ニーチェは見せ物じゃないわ。見たいなら貴方も飼い主探し手伝って」
「よしきた! レイグン様も......! ......あ」
蜂須賀が勢いよく視線を飛ばした彼女の横の座席、其処には誰も座っていなかった。それを見て彼女は小さな溜息を吐く。
「そーいえば、アイツ、三年生でしたね。もう卒業したんですか」
「ああ。受験が終わっても、春休みの間はちょくちょく来てたんだがな。霊群も今月から大学があるから」
「あー。特別、関わりがあった訳じゃないですが、何か物足りないですね、アイツが居ないと」
「ええ。また会いたいわね、彼とも」
俺やアーデル、ソ連までもあの霊群が卒業してしまったことは寂しく、何処か心細さを覚えているのだ。いつも彼と一緒に行動していた蜂須賀の気持ちは察するに余りある。
「......あの人、去年の秋くらいにアパートを出て、実家の方に戻っちゃったんだよね。なんか、もう推薦が決まってるから勉強に集中するための家は要らないとかで。あー、遂にレイグン様との関係が途切れてしもうた」
蜂須賀はらしくない大きな溜息を吐き、視線を天井に向けた。
「何ですかお前、霊群のこと好きだったんですか」
「んー、いや別にー......? あの人、好きな人居るしー......。いや、嫌いではなかったデスケドー」
「あー......まあ、ドンマイなのです」
何かを察したように気まずそうな表情を浮かべると、ソ連は微笑を浮かべながら蜂須賀の肩を叩いた。
「ちょっと、ソレンヌちゃん何それ!?」
「春は別れと出会いの季節......とは言うけれど、この部活、別れはあっても出会いがないわね」
「新入部員ってこと? そういえば、全然来ないねー」
「まあ、俺が広報サボりまくってるからな」
「貴方、仮にも部長よね?」
「次期部長は月見里だから、こっからはアイツの仕事だと思う。後、一応、部活紹介映像は作って生徒会に送った。ソ連が」
そもそも、霊群やアーデル、事実上の部員である蜂須賀なんかが居た去年がおかしかっただけで、本来、この部活はいつ潰れてもおかしくないような限界集落ならぬ限界部活なのである。そんなところに積極的に新入部員を呼び込む気にはならないし、この部活が廃部になったところで溜まり場が無くなること以外では誰もそんなに悲しまない。
「何で私が作らなきゃならんのかマジで訳分からんかったのです」
「パソコンはソ連の得意分野やろ」
「理由になってねえのです」
「......そういや、その次期部長ちゃん、今日はまだ来てないね。いつも早いのに」
「月見里は今日、用事があるとかで部活は休みやって。ジョン先生が言ってた」
「なるほどー」
そこで俺達の会話は途切れた。少しの間、俺とアーデルは文芸部らしく、文章を考えてはそれをパソコンに打ち込んだ。しかし、今日は余りにも筆の動く速度が遅い。1000文字程度を何とか書き終えたところで俺は口を開いた。
「はあああああっ!」
「うわビックリした!? どしたどした?」
「うっせえのです」
スマホを弄りながら俺達の横に座っていた蜂須賀とソ連が反応する。
「思うようにシッピツが進まないのよね」
「分かる?」
「Ja」
「今日はもうやめにするかー。帰って近所の家にニーチェの飼い主が居ないか聞いて回ろ」
「賛成」
「そんな簡単に部活終わって良いもんなんですか」
「これが過疎部活の良いところ。というかソ連、バイトは?」
「今日は珍しく休み。閉店してから、飯と菓子たかりに行く予定ですけど。暇だし、私もついていきますよ」
と、ダルそうに呟くソ連。丁度良い。ニーチェを拾い、飼い主を探すことになったこの一連の騒動のことも、小説のネタにしてしまおう。そうなれば尚更、オチを付けるためにも飼い主を見つけなくてはならない。
⭐︎
「インコ......? 飼ってないけど?」
「ああ、そうでしたか。すみません。もし良ければ、この近くにインコを飼っているお家があれば教えて頂きたいんですが」
「ごめんなさい。あまり知らないわ」
「いえいえ! ありがとうございます」
「ごめんね。力になってあげられなくて。じゃあ、頑張ってね」
そう言うと老婦人はすぐ後ろの玄関扉を開け、家の中へと帰っていった。近所の家にインコを逃がしていないかと聞くこと、これで丁度、二十件目。中々、厳しいものだ。他の地区で聞き込みを行っているアーデルやソ連、蜂須賀からの連絡もなし。まだまだ、聞き込みは始まったばかりとは言え、聞き込み範囲を隣町やそのまた隣町に広げても飼い主が見つからないような気がしてクラクラとする。
迷いインコなのだ。県外から飛んできていても何もおかしくない。その時、突如、スマホが鳴った。俺は誰からの着信かも確かめずに応答する。
「もしもし、五六です」
「あ、こちらヴィクトリアですわ!」
ハズレだった。
「......ああ、そう。何の用?」
「そんなにあからさまに落ち込まないで欲しいですわ。私だって傷付きましてよ? それに、五六にとってはそこそこ良いニュースを私は持っていますの」
「というと」
「インコの飼い主を探してるんですってね。アーデルハイドから聞きましたわ。私達に言わないなんて、水臭いじゃありませんの。此度の飼い主探し岬川文芸部の我々も協力してあげますわ!」
「おー、本当か!」
岬川文芸部の部員はヴィクトリア、井立田、ルミ、北里の四人。こちらの数も四人なので、彼らが加われば人員の数は現在の丁度二倍になる。中々、頼もしい申し出だった。
「ええ。私達の仲ですもの。その代わり......」
「その代わり?」
「私にそのインコを触らせて欲しいですわ」
「......飼い主が見つかったらな。じゃ、お前らは手分けして岬川高校周辺の住宅で聞き込みしてくれ」
俺は軽く苦笑しながらそう言うと、彼女は『I got it!』と元気よく返事し、通話を切った。俺はスマホを鞄にしまうと、額の汗を拭う。まだ桜の咲いている季節だというのに、何と暑いのか。これも温暖化とやらの影響だろうか。節電しなければ。
そんなことを考えながら今、聞き込みをした家の左隣の家へ俺は移動した。インターフォンを押そうとしたが、先客がいる。暑いとはいえ若干、季節外れの気もする袖が短く、薄いTシャツに身を包んだ少女だ。その後ろ姿には見覚えがあった。
「月見里」
「っ......!? 先輩......?」
相当、声をかけられたことに驚いたらしく彼女はビクンと身体を震わせ、振り向いた。
「今日、学校休んでたみたいやけど、何してんの?」
「せ、先輩こそ何してるんですか。ウチはその......」
「俺はインコの飼い主探し。保護したんだよ、迷いオカメインコ」
「ええっ......!?」
「え、何その反応」
「......そのインコ、何か喋ります?」
「罵詈雑言をいくつも。飼い主の家庭環境が心配になる」
沈黙。数十秒の沈黙が流れた。
「はぁぁぁぁぁぁ......すみません。先輩それ、ウチの子です」
そして、月見里は突如、全身の筋肉の力が抜けたかのように崩れ落ちると大きな溜息をついてそう言った。




