97 迷い鳥
「Guten Morgen. いい加減、自分で起きて欲しいわ」
「......ん、まだ時差ボケが」
「もう4月よ。というか今日、始業式だし」
という、アーデルの溜息混じりの声によって俺は起こされる。どうやら、穏やかに、しかしかなりのスピードで過ぎ去っていった春休みが終わったらしい。
「学校、行きたくないな......。アーデル、学校サボって遊びに行こう。青春しよう、青春」
「お昼までには帰れるんだから始業式くらいはちゃんと行って。貴方、今日から三年生なんでしょ?」
「バカヤロー。アホ。マヌケ」
「......何か、アーデルらしからぬ幼稚な罵倒だな」
甲高い声で暴言を吐いてくる彼女に俺は眠い目を擦りながら言った。
「今の私じゃないわよ」
「他に誰が言うねん......」
「コレ」
そう言って彼女がパジャマのポケットから取り出したのは毛玉......ではなく、生き物だった。身体が白く、頭の部分が黄色い、頬には赤いマークがある中型の鳥。典型的なカラーのオカメインコである。
「どっかから盗んだのか」
「な訳ないでしょ。朝、洗濯物を取りに外に出たら物干し竿に止まってたのよ」
「ああ......」
恐らく、何処かの家から逃げ出したのだろう。犬猫ならまだしも、コイツは羽を持つ鳥。この後に待っているであろう飼い主探しを想像すると、眠気が吹っ飛ぶくらいに気が遠くなった。
「飼っていい?」
「いや、あかんやろ。捨てインコじゃないんだぞ」
「段ボールに入れられて捨てられてたのかもしれないわよ」
「鳥類をその捨て方する奴は恐らく、居ない」
「バーカ、アーホ、イテコマスゾワレ」
相変わらず口の悪いインコはアーデルの掌から腕を上り、肩に至ると満足げに毛繕いを始めた。随分とアーデルに懐いているらしい。
「でもこの子、家の住所とか覚えてないのよね」
「大阪の可能性が20%くらいあるぞ。大阪弁だし」
「オモンナイネン! イチビンナヤアホ!」
「嘘。60%かも」
この毒舌鳥の住所が大阪である可能性が徐々に高まっていく中、俺はふと時計を見た。7時。今日の始業式は少し遅く9時からなのでまだかなり余裕がある。
「物置きに鳥籠があったと思うからちょっと引っ張り出してくるよ。それまで逃がさないようにな」
「ええ。大人しくしていてね、ニーチェ」
勝手に名前を付けていることにツッコむべきか、それともその『神は死んだ』と宣言していそうな名前にはツッコむべきか、俺は若干、気持ち悪さを覚えながら物置きに向かった。
物置にはやはり、鳥籠があった。昔、祖父さんが野鳥であるヤマガラやメジロを飼うのに使っていたものだ。かなり錆び付いているが、我慢して貰おう。俺は鳥籠を持ってアーデルの元に戻った。
「良い? 『神は死んだ』」
「......バーカ。イテコマスゾ。ホンマアレヤカラナピーチューピー」
「『神は死んだ』、もう一度言うわよ、『神は死んだ』」
「......カミハ」
「そうそう」
「......カミハ、バーカ」
「頼むから他所様のインコに変な言葉を教えるのやめてくれ。飼い主が信心深い人だったらどうすんだ。変に言葉が混じったせいで神へのただの侮辱になってるし」
そのうち神に対して、『イテコマスゾ』とか言い始めるかもしれない。神殺しインコの誕生である。
「ごめんなさい。少しの間、この狭い鳥籠の中に入っておいて」
アーデルはそう言うと、『ニーチェ(仮称)』を錆びてボロボロになった鳥籠の中に入れた。
「狭い鳥籠しかなくて悪かったな。始業式の後、もうちょっと小マシな鳥籠買いに行くか」
「......意外と優しいのね。飼い主に返すまで預かっておくだけの鳥にそこまでするなんて」
「流石にこんな小さくてボロボロの鳥籠にずっと、閉じ込めておくのは可哀想だからな。直ぐに飼い主が見つかるとも限らねえし」
そう言いながら俺は鳥籠の中に指を入れる。頭でも撫でてやろうと思ったら、思いっきり噛み付いてきた。しかも、噛み付いたまま肉を捻ってきた。
「いった!?」
「プッ......」
アーデルが口を抑えて俺のことを揶揄うように笑う。
「言っとくけど、俺もお前の命の恩人なんだからな」
「バーカ!」
「焼き鳥にしてやろうか」
「カミハ! シンダ! ......チュピチュピ」
最悪だ。覚えてしまった。さっきは覚えられてなかったのに何でだよ。
「話通じないなコイツ」
「インコだもの」
「みつを?」
「覚えた言葉を話してるだけで言葉の意味は分かってないわよ」
「ペッパーバーク博士が飼っていた、天才ヨウムのアレックス君というのが居てだな......アレックス君は言葉の意味を理解して人語を話していたとか」
昔、テレビで観たことがある。
「ヨウム、とかいう鳥じゃないでしょこの子。......てか、この鳥、日本語でなんて言うの? Nymphensittich、じゃないわよね」
「インコの名前、一つ取ってもドイツ語はガギゴギしてるな。日本語で言うとオカメインコ」
「インコ、は分かるけどオカメって何」
「そういう日本の伝統的な仮面の種類があるんだよ。ほら、これ」
俺はそう言って俺はスマホに表示させたおかめの仮面をアーデルに見せる。
「ああ......ウチでよく使ってるソースに書いてあるわね。何だか焼きそばが食べたくなって来たわ。今日は焼きそばにしましょう」
アレは『おかめ』ではなく『おたふく』だが、俺も詳しい違いはよく分からないので何も言わないでおくことにした。
「この子、お腹空いてないかしら。ねえ、ニーチェ、お腹空いてない?」
「......チュピピッ、チュピッ」
「空いてるらしいわ」
今の鳴き声をどのように翻訳したらそうなるのだろうか。
「チュピピッ、チュピッ」
俺も真似して鳴いてみる。アーデルは暫し、理解し難いとばかりに奇行に走った俺を見つめ続けると、不意に思い付いたように口を開いた。
「......ああ、そういうこと」
何かを理解したらしい彼女は俺の頬をつねり、先程、あのインコがしてきたように捻ってきた。
「いでででででっ!? 何!? 今の鳴き声で何を読み取った!?」
「虐めて欲しいんじゃなかったの?」
アーデルは首を傾げながら俺の頬を掴むのをやめた。
「ちゃうわ! いててててっ......」
「はあ......真面目な話をしてるの。ふざけないで。鳥って人間よりも代謝が良いから、沢山、餌を食べないといけないのよ」
と、俺を叱責するアーデル。今のは『お仕置き』的なものだったらしい。
「取り敢えず、生米でも食べさせとけば良いだろ。餌も帰りにペットショップで買ってこよう」
「バーカ」
生米は不満だったのだろうか。ニーチェがそう鳴いた。
「うっせえバーカ」
「う......ウッセエバーカ!」
「汚い言葉を覚えさせないでよ」
「覚えるの早くないか」




