95 ホワイトデー
「ということで、ホワイトデー当日! 折角なので皆でチョコを作ることにしました! 味見は私、蜂須賀梓が務めさせて頂きます!」
金属製のヘラの様なものをマイク代わりに口に近づけながら意気揚々と話す蜂須賀。そんな彼女をアーデルはジトーっと見ると、そのジト目を俺にも向けてきた。
「......私、ケイと二人で作るつもりだったんだけど。何この状況」
「俺も分からん。蜂須賀が勝手に話を進めた」
いつぞやの料理対決を思い出させられる状況に俺は苦笑した。
「まあまあ、良いじゃないですか。フォーゲルさんが帰ってきてから先輩を含めた全員で集まる機会、無かったですし」
月見里は妙に機嫌良さげな表情でそう言いつつ、家庭科室に集められた面々を見渡す。雲雀川、岬川両文芸部の部員達に加えて不貞腐れた表情のソ連までもが集められていた。
「久々の休みだっていうのに何でテメエらのしょうもない企画に付き合わなくちゃなんねえのですか。後、電波女、スパチュラを口に近づけるななのです。不衛生」
「待ってソレンヌちゃん、電波女って私のこと?」
「あのテンパリングに使う謎の調理器具、スパチュラって言うのか。よく知ってるな、ソレンヌ」
「別にー。マスターがよく使ってるから勝手に詳しくなっちまったのです。お前も食い物屋の息子なら知っておくといいのです」
「んがんがんぐ......チョコ、このままでも中々いけますわね。うん、美味しい」
「ヴィクちゃん、材料のチョコを食い荒らすのやめようか」
『徳用』と書かれた溶かす前のチョコを貪るヴィクトリアから霊群がチョコを取り上げる。そう言えば、初めてヴィクトリアと会った時もアイツは甘酒を盗み飲みしていたっけか。何だか懐かしい。皆で調理実習をするのもあの時ぶりだ。
「霊群! 返して! 大英帝国の名においてそのチョコは私が食べるのですわ」
「大英帝国の名も落ちたものね」
「そのチョコに使われてるカカオ、ブラジル産ですよ。大英帝国、関係ねえのです」
「ヴィクトリアがすまん......」
アーデルとソ連にツッコミを入れられるヴィクトリアに溜息を吐きながら北里が頭を下げる。
「何か柴三郎君、いっつもヴィクトリアちゃんの尻拭いさせられてるよね......。ああ、良いよ良いよ、材料代は後でウチの部長から徴収するから。ほれ、ルミティカちゃん。あーん」
どうしてお前が企画したイベントなのに俺に金を払わせるのか、というツッコミを入れる隙も与えず、蜂須賀はチョコを袋から取り出してルミに与えた。
「あーん。......これ、口溶け悪くない?」
顔を強張らせ、ベーと舌を出すルミ。製菓用チョコなのだから、彼女の反応は当然の反応と言えよう。それを美味い美味いと食っていた人間も存在するが。
「ヴィクトリアって、馬鹿舌じゃない?」
「......言い過ぎじゃありませんこと?」
ヴィクトリアにルミが冷たい視線を送る。若干、傷付いた様子のヴィクトリアは口元についていたチョコを舌で舐め取り、『美味しいけど......馬鹿舌。馬鹿舌ですの? 私?』などとぶつぶつ呟いていた。
「あーもう、この集団は行動に移るまでが一個一個遅いんですよ。私、早く帰りたいんでチョコ作るならさっさと作る工程に移れなのです。ほらハイジ、見といてやるから早く作ってください」
「な、何か急に頼もしいわね......。分かったわ」
ソ連に急かされ、チョコを刻み始めたアーデル。ドイツで何度か挑戦した、と言っていただけあってチョコを刻む作業は手慣れているようだった。
「あいたっ!? 手! 手切った! 保健室連れてって!」
「馬鹿。包丁使う時は手を猫の手みたいにするって小学校か中学校かで習っただろ。つーか、チョコを刻むのにそんな馬鹿みたいに包丁振り下ろす奴がいるか。こう、刃先を持ってトントントンとだな」
「今は切り方とか良いから! そんなことより血! 血が!」
「......どうせ、ヴィクトリアのことだから怪我すると思ってた。傷口洗ってこい。絆創膏あるから」
一方、手慣れてない奴は早々に包丁で指を切ったらしい。溜息を吐く井立田と北里の声が聞こえてくる。
「先輩、ウチも作るので見ててくださいね」
「月見里には俺がお返しになんか作るつもりだったんだけど」
「なら、一緒に作りましょう。ウチ、生チョコ作ろうと思うんです。チョコ溶かして生クリーム入れるだけやから楽ですし」
「マヒル? それ、元々、私がケイとやろうとしてたことなんだけど」
アーデルが包丁を動かす手を止めて、月見里のことを睨んだ。心なしかその包丁の切先が月見里の方を向いているようで怖い。
「フォーゲルさんにはアフリア先輩が居るじゃないですか」
「そうですよ。ハイジには私が付いてるから五六は真昼とイチャイチャしてると良いのです」
「どうして、貴方はマヒルの味方をするのよ」
「その方が何か盛り上がって面白いからなのです。ほら、さっさとチョコ刻んで下さい」
「...... Scheiße。覚えてなさいよ」
アーデルが小さな声でそんな風に悪態をつく。俺は少し不機嫌なアーデルの様子にビビりながらも皆と同じように板状のチョコをまな板に置き、細かく刻んでいった。
「五十六番ー、まだー? 梓たん味見担当なんだけど」
「まだ刻む工程すら終わってねえし、そもそも、冷蔵庫で冷やし固める工程もあるからそんな直ぐに出来ねえよ」
「えー、やることなくて暇なんだけど。梓たんに雇用をおくれ。何でもやるから」
「此処は手が足りてるからどっか手伝いに行ってやれよ」
「皆、そつなくこなしてるから私の出番ないんだよね。あ、私、味見担当なんだった。そのチョコちょっとおくれ」
「まだ、刻んでるだけだから味見もクソもねえのです。ほら、向こうで霊群が一人寂しく料理してるじゃないですか。あれ手伝ってやって下さいよ」
「いや、レイグン様、普通に料理上手いから梓たんの出る幕がないのよ」
という蜂須賀の言葉が聞こえていたのだろう。前方の机で調理をしている霊群は若干のドヤ顔をキメつつ、刻んだチョコをボールに入れ、湯煎にかけながら混ぜ始めた。作業スピードが早い。
「霊群先輩ってあんなに料理上手だったんですね」
「あの人、五十六番とかと同じで一人暮らし組だからね。家事全般得意だよ。一家に一台欲しい」
「ウチは先輩が欲しいなあ」
と言い、包丁を持ったまま肩を寄せてくる月見里。危ない。
「そう思うならお前も全身にチョコを掛けて五六を誘惑するくらいのことはしろなのです」
「それ、マスターさんにやったんですか? 確かにアフリア先輩、スタイル良いので似合いそうですね。ウチはアフリアさんみたいにスタイルよくないのであんまりなあ......。それに食べ物を粗末にするのはウチのポリシーに反するというか......」
「私がやった前提で話すななのです! 後、胸のことならあんまり心配しなくて良いですよ。お前、ハイジよりはありますから」
と言いつつ、包丁をまな板の上に置くと、ソ連は月見里の後ろに回り、彼女の胸部に手を回した。
「うん、やっぱり割とあるのです。私程ではないですけど」
「アフリア先輩、触り方が気持ち悪いおじさんみたいで嫌です」
「気持ち悪いおじさんに触らせたことあるんですか」
「無いですよ! どっちかというと、そういうのはアフリア先輩の仕事でしょ!?」
「おいコラ、それどういう意味ですか。答えろなのです!」
と、じゃれ合う月見里とソ連。彼女らの戯れを制止するかのように『ダンッ』と大きな音が部屋に響いた。アーデルが包丁をまな板に振り下ろした音だった。
「料理中に暴れないで。危ないでしょう。はい、ソビエト、チョコ切り終わったわよ」
「......あ、はい。じゃあ、湯煎しましょうか。五六、そこのお湯をボウルに入れてくれなのです」
「お、おう。分かった」
シーンと静まり返った教室の中で俺はソ連の指示に従い、ヤカンのお湯をガラスのボウルに注いだ。
「......殺されるかと思いました」
月見里がポツリと言葉を溢す。
「マヒル?」
「は、はい......!」
「ケイは胸より足の方が好きだから」
「は、はあ......そうなんですか」
「ケイは胸より足の方が好き。ケイを攻略する上で胸は何の武器にもならないわ。覚えておきなさい」
大事なことなので2回言ったのだろうか。念を押すようにアーデルは月見里に告げた。
「皆の前で俺の性癖を公開するのやめて」
「これ以上、ケイの特殊性癖を公開するとマヒルに塩を送るようなことになるものね」
「特殊性癖って言われるほどの性癖持ってねえよ」
「ふふっ。......どうだか」
クスクスと笑うアーデル。俺がアーデルではなく、月見里の手伝いに回った腹いせだろうか。何だか今日のアーデルは意地悪であった。




