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87 質問

涼しい季節になってきましたねー


 翌朝、ホテルのレストランで軽く朝食を摂った俺達はTバーンに乗って、再びアーデルの家へと向かった。朝起きると、アーデルから『午前10時くらいに私の家に来なさい』と、メッセージが来ていたからである。


「アーデルハイドって、文でもこんな喋り方なんですわね」


「ヴィクトリアは違うのか?」


「ええ。普通に標準語をね。絵文字も多用しますわ」


「誰と話してるのか分からなくなりそう」


「たまに井立田に言われますわ」


 ヴィクトリアと雑談をしつつ、最寄駅からアーデルの家を目指して歩く。昨日、歩いた道とはいえ、今日は昨日と違ってアーデルの案内が無いので若干、迷いながらの訪問となった。


「結局、10時には間に合いませんでしたわね......」


 結局、俺達は三度ほど、道を間違えながら可愛らしい赤い三角屋根の家に辿り着いた。


「まあ、10時くらいとしか言われてないし良いんじゃないか」


 そう言いつつ、俺はインターホンに手を伸ばす。


「待って五六」


「ん?」


「インターホンを押してあのお父さんが出てきたら気まずいですわ」


「......まあ、確かに」


「此処はアーデルハイドに家に着いたと連絡をして、彼女に出てきて貰うのが得策と考えますわ」


 成る程と俺は頷き、スマホをポケットから取り出す。すると、その瞬間、家の扉が開いた。


「何してるの? 早くインターホンを押しなさいよ」


 そう言って出てきたのはキョトンと首を傾げた金髪翠眼の美少女、アーデルハイドであった。


「アーデル、グーテンモルゲン」


「アーデルハイド、どうしてインターホンも押していないのに私達が来たのが分かりましたの? もしかして、玄関前で待機していまして......?」


「そんなことするわけないでしょ。自室から窓の外を見てたら、たまたま貴方達が見えただけ」


「それ、待機する場所が玄関か自室かの違いしかないですわよね」


 今か今かとソワソワしながら俺達を待っていたアーデルを想像すると可愛い。


「Guten Morgen. 来てくれたか二人とも。さあさあ、中に入ってくれ」


 再び、玄関の扉が開いた。中から出てきた筋肉隆々のスキンヘッド、エアハルト・フォーゲルが俺達にそう言う。


「あ、ああ......おはようございます、エアハルトさん。お邪魔します」


 アーデルとエアハルトに案内され、再びアーデル家に足を踏み入れた俺達は昨日と同じ、テーブルに向かわされた。テーブルの椅子には既にアーデルの母、アデリナが座っており、エアハルトもアデリナの横に座った。

 アーデルを挟む形で俺とヴィクトリアが彼女の横に座り、アーデル父とアーデル母が向かいに座るという昨日と同じフォーメーションだ。人数分の紅茶が注がれたカップがあるのも同じである。


「呼び出してすまなかったね」


 静かに紅茶に口をつけると、アーデル父はそう話を切り出した。


「いえいえ、アーデルとアーデルのご両親とお話をするのがこの旅の目的ですから」


「なら良かった。......分かっていると思うが、今日は昨日の話の続きをしたくて君達を呼んだ」


 俺はコクリと頷き、相槌を打つ。


「昨日、君達が三人で観光に行った後、妻と二人で熟議を重ね、アーデルハイドが戻ってきてからも三人でよく話し合ったんだ」


「は、はい。それで、話し合いの結果は......?」


 俺が問うと、エアハルトはアデリナとアーデルを一瞥し、何度か頷いてから口を開いた。


「......わざわざ娘のためにドイツまで来てくれた君達と、アーデルハイドの強硬な姿勢に負けたよ。流石に私も認めざるを得ない」


「本当ですか......!」


「本当ですの......!?」


 俺とヴィクトリアは思わず立ち上がり、同時にそう言った。ヴィクトリアに至っては驚き過ぎてお嬢様風の言葉に戻ってしまっている。咄嗟に出る口調、そっちなんだ。


「そうか......君達はそんなに娘のことを大切に思ってくれているのか......」


 俺達の様子を見たエアハルトが深いため息を吐いた。


「本当にありがとうございます。娘は良い友達を沢山持てて、幸せだったからこそ、日本に帰りたいのでしょう」


 複雑そうに呟くアーデル父に代わって、アーデル母、アデリナがそう言って俺達に頭を下げた。


「アーデルハイドったら、昨日、まだ結論を出せずにいたこの人に『そのうち、本当にアルプスの少女みたいに夢遊病になるわよ?』って脅しをかけたんですよ?」


 アデリナはアーデルハイドとエアハルトを見ながらクスクスと笑う。


「貴方、そんなこと言ったんですの......?」


「ドイツで長い間、生活させられたお陰であのハイジの気持ちが少し分かったわ。本当、このままだと頭がどうにかなってしまいそうだった」


「まあ、でも待ってくれ。認めるとは言ったが、私はアーデルハイドの父親だ。やはり、不安はある」


「は? 聞いてないわよそんな話」


 低い声でエアハルトを睨み付けるアーデル。怖い。


「向こうに行ったらお前にはアデーレと二人暮らしをして貰うことになる。だが、アデーレは多忙の身だ。家にはあまり居ないし、居たとしてもお前の面倒を見る余裕はあまりないだろう」


「馬鹿にしてるの? 私、家事は一通り出来るわ。姉さんに面倒なんて見て貰う必要無い」


「いや、それは勿論、分かっているが......しかし、だな、お前はまだ日本の学校制度だと、高校一年生。問題が起きることもあるだろう。向こうに行けばお前は私やアデリナを頼ることは出来ない。それが、私は不安なんだよ」


「そのことなら、私やアーデルハイドの友達、何より五六がアーデルハイドを助けますから大丈夫ですよ。ね? 五六?」


 振ってやったんだから気の利いた返しをしろ、そう言うかのような表情を浮かべてヴィクトリアは俺に視線を飛ばしてきた。


「あ、ああ......はい......アーデルのことは、俺も最大限、助けてあげられるように頑張ります。といっても、俺の方が助けられること多そうですけど」


 ヴィクトリアに同意を求められた俺は若干、テンパりながらもエアハルトの目を見てそう宣言した。


「そう、か......」


「それに五六ならアーデルハイドのことをよく知っていますから、大体の問題は解決してくれると思いますよ」


 アーデル父を説得するためにアピールをするのは良いが、変に俺のハードルを上げるのは止めて欲しい。


「ほう、娘のことをよく知っている、か」


「いや、どっちかというと、娘さんの方が俺のことをよく知ってくれているかな......みたいな」


「よく分かっているじゃない」


 得意げにアーデルが笑った。


「一つ聞きたいんだが、二人は交際はしていないんだよな? そういう風に娘からは聞いているが」


「あ、ああ、はい......特にそういう関係では」


「じゃあ、渓君、一つだけ娘についての質問をしてみても良いか。アーデルハイドのことをよく知っているなら、直ぐに分かると思う」


「あ、はい、何でしょうか」


「どうやら、私も最近知ったが、アーデルには想い人が居るらしい。それが誰だか、分かるか」


「......ええっと?」


「待って、父さん。何の話をしているの」


 不意に投げかけられた重めの質問に俺は困惑し、アーデルは彼を睨んだ。


「分かるか?」


 アーデルの言葉を無視し、そう尋ねてくるエアハルト。アーデルはそれを見て溜息を吐くと、呆れた様子で首を傾げ、俺へと視線を移してきた。

 アデリナやヴィクトリアの視線も俺に集まる中、俺は静かに人差し指を自分に向ける。


「......俺、ですかね」


 あまりの恥ずかしさに体がブルルッと震え、鳥肌が立った。何だこの公開処刑は。


「......ふっ、正解は? アーデルハイド」


「間違いではないんじゃないの」


 エアハルトに問われると、アーデルはぶっきらぼうにそう答えた。相当、気分を害していらっしゃるらしい。


「まあ、ということらしい。この偏屈で捻くれたアーデルハイドが好きになるとは、君は本当、稀有な人間だよ」


 疲れ果てた様な表情で苦笑するエアハルト。俺のことを褒めてくれてはいるが、内心、かなり複雑そうであった。

 そして、偏屈で捻くれたアーデルハイド......俺が知っているアーデルと彼女の家族が知っている『アーデルハイド』はまるで別人だ。俺が昔、ソ連と出会うまで荒れていたのと同じような時期が、彼女にもあったのだろうか。


「それで? 私とケイを笑い物にして、何がしたかったって言うのよ」


「......どうやら、お前と渓君の間には何か強い結び付きがあるように見える。そんな渓君が助けてくれると言うなら、安心してお前を向こうにやれるよ。娘を宜しく頼むよ、渓君」


 声をプルプルと震わせながら、エアハルトはアーデルと俺にそう言った。その様子を見ていたアデリナがクスクスと笑う。


「それだとまるで、アーデルハイドが嫁に行くみたいじゃない。それはそれとして、本当に皆さん、向こうでもアーデルハイドのことを大切にしてあげて下さい。こう見えて、結構、繊細で周りの支えがないと直ぐに崩れてしまうタイプですから」


「え、ええ、任せてください! 皆でアーデルハイドが安心して過ごせるように協力していきます!」


「アーデル、良かったな......」


 俺はニコリとアーデルに笑いかける。


「良かったのは貴方でしょ」


 彼女はツンと俺の鼻をつつき、そうからかってきた。そして......。


「さっきのは、ほんの少しだけ格好良かったわ」


 と、耳元で囁いてきた。

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