84 交渉2
更新遅れて申し訳ないです。代わりにと言っては何ですが、文字数は多めにしておきました。
「......ケイ、腕の見せ所。どうにかして」
と、耳打ちをしてくるアーデル。どうにか、と言われてもこの典型的な娘大好きお父さんを納得させる方法なんて......。
俺が首を捻っていると、突如、バチンっという音が部屋中に響いた。
「アーデルハイドのことを想ってわざわざ、日本から来てくださったお友達に何て態度を取るの。謝りなさい」
アーデル母がアーデル父の頭部を叩いた音だった。
「いたあっ......!? 申し訳ない。つい、興奮してしまって」
「ごめんなさいね、ウチのお父さん、日本で言うところの親バカで......」
ふふっと上品に笑うアーデル母。先程、物凄い勢いで隣の夫のスキンヘッドをぶっ叩いた女性とは思えないくらいにお淑やかさを出している。
「それで、お二人は娘を日本に連れ帰るためにわざわざ、日本まで来てくれたということで良いのよね?」
「は、はい......アデーレさんの全面協力を得て」
「アデーレ......! アイツは! 私の元から離れていくだけには飽き足らず! アーデルハイドまで私から奪おうというのか!」
「いや、離れていくも何もお父さんが日本で仕事を続けていればよかった話じゃないの。姉さんはただ、残っただけだよ」
「転勤になったんだから仕方がないだろ」
「......ふんっ、どうだか。断ろうと思ったら断れたんじゃないの?」
「何だと!?」
「声が大きい。娘の友達の前であんまり叫ばないでくれる?」
「あ、アーデルハイド、落ち着いて......交渉相手を挑発してどうするのよ」
ピリピリした空気を作り出すアーデルとアーデル父を見かねて、ヴィクトリアがアーデルにそう声を掛けた。
「お母さんはアーデルの帰国についてはどういうお考えで?」
「......そうねぇ。そりゃあ、私もまだ高校一年生の娘と離れるのは辛いけれど、貴方達みたいな親友が日本に居て、この子がドイツでの生活を苦にしているなら......考えても良いかもしれないわね」
「アデリナ!? 正気か!?」
「貴方こそ、いつになったら子離れ出来るのよ。そりゃね、親なら少なからず自分の子供を自分の元に留め置きたくなる気持ちはあるでしょうけど、それにしたって貴方のは異常よ。アーデルハイドの体調や精神状態が日に日に悪くなっていっているの、貴方も知っているでしょう? なら、そこで少しでも娘と対話をして娘の為に何かしてあげようとするのが親ってものじゃないの? ねえ、違うかしら?」
「......いえ、仰る通りで」
お母さん、論戦も日本語のスピーキングも強いな。第三外国語をよくもあれだけスラスラと話せるものだ。
「あの、さっきも、言いましたけど、向こうには俺達以外にも娘さんのことを大切に思ってくれている人が沢山、居てですね......ちょっと、待って下さい」
俺は肩から掛けていた鞄のチャックを開け、細長い小箱を取り出した。
当然ではあるが、アーデルはその箱に見覚えがあったようで何か言いたげな様子で『あ......』と声を漏らした。
「それ、私の......」
「アーデルのクリスマスプレゼント。あ、礼を言うの忘れてた。ありがとうな」
「......どういたしまして」
小箱を開けた俺は中からロケットペンダントを取り出し、中の写真をアーデルの両親に見せた。あのクリスマスパーティーの夜、皆で撮った写真である。
俺とヴィクトリア、アーデルは勿論、月見里やソ連、霊群や蜂須賀、岬川組といった、アーデルの友達のほぼ全員が写っている。
アーデルの母と父はその写真を目をまんまるにして凝視した。
「こ、これ、本当に皆......娘のお友達?」
アーデル母はプルプルと体を震わせながらそう聞いてきた。
「ええ。アーデルの部活のメンバーと他の仲間達です。......というか、アーデル、俺たちのこと、ホント何もご両親に伝えてなかったのな」
「だって、わざわざ、話す意味もないもの」
「さいで......」
「あ、娘の口から聞いていたお友達に一人暮らしで大変な暮らしをしている子というのが居た筈なのだけれど、それはどの子かしら? 随分、仲が良かったみたいでよく、家事のお手伝いに行っていたみたいだけれど」
俺とアーデルは体をピクリと震えさせ、目を合わせた。漫画やアニメであれば強調線と共に『ギクッ』というオノマトペか効果音が追加されていたであろう瞬間である。
「えっ、あー......と、その子はですね」
俺は心臓をバクバク言わせ、目をアーデルのお母さんから逸らしながら言葉を紡ぐ。ヤバい。此処で言葉をミスったら色々と終わる気がする。
正直に言うか。それとも、ソ連あたりを適当に指差しておくか。
「ああ、それなら、五六のことだと思いますよ。アーデルハイド、よく五六の家に行っていたみたいですし。この前のクリスマスパーティーの時なんか、アーデルハイド、五六の家の形状とか食器の配置とか完全に覚えてて......いたあっ!? 何するんですの!?」
先程、アーデル母がアーデル父の頭部を叩いた時と変わらないくらいの音が部屋中に響いた。アーデルがペラペラと話出しやがったヴィクトリアの額をぶっ叩いた音である。
「そうなの? アーデルハイド?」
「......ええ。ケイ、日々の生活の為にアルバイトもしてて家事にまで手が回らないみたいなのよ。だから、手伝ってあげていただけ。別にやましいこととか......ちょっとしかないわよ」
アーデル母の質問に観念した様子でそう答えるアーデル。や何か言わなくては、と俺も口を開いた。
「俺、祖父の介護のために神奈川まで出てきたんですけど、祖父が亡くなったことで一人になってしまって......アーデルには本当にお世話になってます」
「勿論、私もケイに何度も助けられてるからね。私が日本の学校に馴染めたのは、全てケイのお陰と言っても差し支えないの」
「......そう。五六さんには感謝しないとね」
ふふっと笑うアーデル母。親なら娘が男の家に通って家事をしていただなんて聞いたら、色々と思うところがある筈。しかし、彼女はどこか感動した様子で何度も頷いていた。
親元を離れて一人暮らし、尚且つ生活費の為にバイトをしている......という俺の背景が割と悲惨だったお陰だろうか。
「で、貴方はいつまで泣いてるの?」
と、アーデル母は隣のアーデル父に目を向けてそう言った。俺達三人の目も其方を向く。先程からヤケに静かだと思ったら、彼は例の写真を見て泣いていたらしい。
「......だ、だって、アーデルハイドが......こんなにも仲良さそうに......友達も皆、優しそうで......あのアーデルハイドに......友達が」
「ぼっちだったの?」
「違う。友達を悪戯に増やさなかっただけ」
「それぼっちじゃないの」
「うるさい」
と、ちょっと面白い掛け合いをするアーデルとヴィクトリア。親からも言われるってことは、アーデル、ドイツじゃ相当だったんだろうな。
「まあ確かに、よくよく考えてみれば、この写真に写ってる奴らの八割くらいは変な奴だもんな。変な奴ら同士、惹かれあったってのはありそう」
毒舌なのですフランス人とかな。
「あー、ねえ、五六、今って日本は何時?」
「ん......夜の10時半くらいか?」
「......なら、ギリギリかな。すみません、良ければ、アーデルハイドのお友達の一人と電話、繋ぎましょうか」
ヴィクトリアがそんな提案をアーデルの両親にする。
「え、でも、向こうは22時半なんでしょう?」
「平気ですよ。皆、夜型なので。どうですか?」
「......アーデルハイドの友達が実在する証明にはなるな。良ければ、繋いで欲しい」
「貴方、私のことを何だと思っているの」
アーデルがキレ気味で父を睨むのを横目に、ヴィクトリアはスマホの液晶を素早くタッチし、誰かに電話を掛けた。一体、誰に掛けるつもりだろうか。
『......なんちゅう時間に電話してきとるのです。用件は』
『え、何々。五六君から電話?』
『帝国主義の方なのです』
『ヴィクトリアちゃんの方か』
「貴方達の私に対する認識どうなっていますの? 心配しなくてもアーデルハイドとは会えましたわ。今、アーデルハイドのご両親とお話中。アーデルハイドの友達代表として何か言って」
遅くまでバイトをしているであろうソ連は電話に出てくれる可能性も高い。中々、良いチョイスだ。一緒にマスターも居るようだし、まだカフェに居るのだろう。
「ねえ待って、何であの子は22時半とかいう時間帯にマスターと一緒に居るの」
「そりゃ、デキてるからだろ」
『おい聞こえてんぞコラ、ただ賄い食いながらお前らの陰口言って遊んでただけなのです。適当なこと言うなです』
コイツもコイツで凄いこと言うな。
『え、てか、これってハイジの親に聞かれてるんですか』
「あ、こんばんは。アーデルハイドの母親です」
「ち、父親です......な、なあ、アーデルハイド、この子何か怖くないか。不良?」
「ただのツンデレよ」
『おい聞こえてんぞハイジなのです。......えー、あー、えっと、ソレンヌ・アフリアです、はい。ハイジとはバイトの同僚の五六の紹介で知り合ってそれからは何というか......うん、仲良くさせて貰ってるので......貰ってます。えこれ何言えば良いんですか』
困惑しっぱなしのソ連、ちょっと可愛い。所々、ソ連語が漏れそうになってるし。
「えっと、ソレンヌ......何処の国の方かしら」
『フランスです。育ったのは日本ですけど』
「国際色豊かね、貴方のお友達」
「後、イタリアと日本のハーフと純フィンランド人も居るわよ」
「......凄いわね」
「あ、あ、アーデルは、皆と仲良く出来ているだろうか!? 皆、アーデルのことをどう思って......」
『少なくとも、私は早く帰ってきて欲しいと思ってますよ。皆もそんなもんじゃないですかね。其処に五六とヴィクトリアが行くまでに、皆、色々とサポートしてましたし。......まあ、だから、居ないと何というか、凄い違和感があって落ち着かない存在ではあるかと』
アーデル父の質問に何処か、投げやりに、そして、少し恥ずかしそうにそう答えるソ連。しかし、誰の耳から聞いてもそれが強い愛情を伴った言葉であることが分かった。
「そう......か......」
アーデル父は大きな溜息を吐き、目を瞑る。
「君達はいつ、帰るんだ」
そして、俺とヴィクトリアに対してそう聞いてきた。
「明日の夜、ですね」
「......今日のホテルは予約してあるんだね」
「ええ、はい」
俺の返答を受けて彼は何度か自分を納得させるように頷くと、少し溜息を吐いて口を開いた。
「......折角、ドイツまで来たんだ。アーデルハイドの案内でドイツを観光してくると良い。アーデルハイドも良いだろ?」
「良いけど、それってどういう意味......?」
「三人が出て行った後でアデリナと、アーデルハイドの処遇について会議をする」
「会議ぃ......?」
アーデルハイドが眉間に皺を寄せて父を睨む。
「な、何だその目は」
「この期に及んで、私を帰国させない選択肢が貴方にあるなんて驚いた。お父さんはどれだけ私に嫌われたいの? せめて、その会議とやらで理性的な判断が下されることを祈っているよ。......行ってくる」
アーデルは畳み掛けるように父に言葉をぶつけると、俺とヴィクトリアの手をギュッと掴み、俺達を引っ張るようにして、家を出た。
「なあ、アーデル、流石にキレ過ぎというか......」
「あれくらい言わないと分からないのよ、あの人は。......はあ、ムカつく。二人とも、何処行く? ミュンヘン大聖堂? ニンフェルンブルク城?」
「アーデルのオススメで」
「私もアーデルハイドに......任せますわ」
父親にご立腹のアーデルに若干、ビビりながら俺とヴィクトリアはそう答えたのであった。




