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74 巨大作戦


 久しぶりの外の空気を力いっぱいに吸い込む。雨でも降ったのだろうか。冷たい空気がしっとりと肌に感じられた。

 月見里は20時にたかさごへ来いと言った。当然、其処にはあの店のキングメーカー、ソ連も居るだろう。


「怒られるだろうなあ......うへへ」


 今の俺は無理を言ってバイトを休んでいる。彼女はかなりお怒りの筈だ。でも、今の俺はそんな彼女の叱責を何処か欲していた。


「公道でキッショく悪い顔晒しながら、キッショいこと呟くの止めろなのです。この近くに私の店があるってのに、営業妨害甚だしいなのです」


「はいはい、ごめんごめん」


「まあ、もう店閉めてるから良いんですけどね。いや、良くないのです。テメエのキッショい言葉を聞きたくないのです。耳が腐り落ちるのです」


「手厳しいな......で、何で、お前は当たり前のように俺の横歩いてんの。あまりにもナチュラルに合流されたから驚くことすら出来なかったわ」


「小腹空いたので買い出し行ってたのです」


「マスターにまかない作らせれば良いのに」


「アイツ、まかないと称して買い出し用の金だけ渡してきたのです」


「......まかないとは」


「その様子だと、随分、調子取り戻したみたいですね。真昼は一体、どんな手を使ったのやら」


 特に怒る訳でもなく、少し安堵した様子で溜息を吐くソ連。俺は少し拍子抜けした。

 『テメエ、何日欠勤してると思ってるのですか。もうこの店にテメエの居場所はねえのです。さっさと失せろなのです。それか、無賃でコキ使ってやりましょうか? ああん? なのです』くらいは言われると思ったのだが。


「怒ってねえのかよ」


「何でこの私がテメエにわざわざ、怒ってやらねえといけないのですか」


「いや......ただでさえ、人足りてないのに、俺が勝手に休んだりしたからさ」


「はっ。勘違い甚だしいのです。デカい寝言ですね。元々、私はあの男と二人っきりでこの店を切り盛りしてたのです。テメエが居なくなったところで大して、支障は出ねえのです。思い上がるな」


「いつにも増して切れ味強くね?」


「それに、私もハイジに捨てられて傷心中のお前を責める程鬼じゃないのです」


「その捨てられたって言うのやめて? ......ま、ありがと。お前、結構、優しいよな」


 と、俺が苦笑するとソ連は突如、俺の足を強く踏み付けてきた。


「あいでえっ!? いででででっ!? 何でっ!?」


「いや、何か怒られたがってたのにあんまり怒って貰えなくてションボリしてるみたいだったので。元カノからのささやかなご褒美なのです」


「......その元カノってのも割と黒歴史だからやめてくれませんかね」


「失礼なこと言いやがりますねお前は。じゃあ、何ですか。今の私にはちっとも魅力を感じないと?」


「......魅力感じないってのは違うな。お前、普通に可愛いし、何やかんやで性格も良いから魅力的ではあると思うよ。ただ、恋愛対象としては見れないだけで」


「何故」


「俺、恋人持ちの相手を恋愛対象として見れねえんだよ。ほら、好きなアイドルが結婚したら冷めるみたいな? 人妻は無理というか」


「成る程......それなら仕方な、ってなるかいなのです! 何で私が恋人持ちってことにならねえといけねえのですか!」


 割としっかり力を込めてソ連は俺の肩を殴ってくる。


「おお、勢いのあるノリツッコミやな......。何でって、お前、マスターとデキてるやん」


「デキてねえのです! 何がどうトチ狂ったらそうなるんですか! ありえねえのです! ガルルルルルッ!」


 獣のような威嚇をしながら彼女は俺の足を強く踏み付け、俺の頬を力いっぱいに抓った。


「いだい、いだいっ! そういうの良いから。マスターと何処まで行ったんだよ」


「まだ、手すらマトモに繋がせてやったことねえのです!」


「まだ?」


「揚げ足取るなです!」


「いでででででっ!」


⭐︎


「あ、やっと来た。あ、アフリア先輩も一緒だったんですか」


 閉店、の看板が立てられたたかさごの扉を開けると、レジでマスターと珈琲を飲んでいたらしい月見里がそう言ってきた。


「やっと、って何だよ。時間はピッタ......ああ! もう8時20分!?」


 店の時計を見て俺はそんな風に驚愕した。何故だ。かなり時間的余裕を持って出発した筈なのに。


「コイツ、久しぶりに私と会えたことに舞い上がり過ぎて凄いじゃれてきやがったのです。それに付き合ってやったらこんな時間に......」


「お前よく、そんな一瞬で嘘吐けるよな......」


「お帰り〜、ソレンヌちゃん。ケイ君も久しぶりだね」


 穏やかな声で此方に手を振ってくるマスター。俺は彼を見るなり、頭を下げた。


「あー、すみません。急に休んじゃって」


「いや、気にしないで良いよ。ケイ君も相当、アーデルハイドちゃんのことで辛かったんだろうし。俺もソレンヌちゃんと久しぶりに二人っきりで良い思いさせて貰ったし」


「その言い方だと、俺が居ない方がソ連とイチャ付けて嬉しいみたいに聞こえるんですけど」


「ケイ君のやってた仕事の殆どが俺に回ってくるから大変は大変だよ。ソレンヌちゃん、いつも以上の仕事をしようとしないし」


「お前、俺が休んでも大して怒ってなかった理由それかよ!」


「はっ、従業員の離反は経営者の責任。よって、五六が勝手に休んだツケは店長であるマスターに回ってくるのが当然なのです。一介のアルバイトである私がその負担を強いられる義理はねえのです」


 ブレないなコイツ。


「眠くなってきましたわ......そろそろ、お話の方を始めて下さらない?」


 と、欠伸しながら言ってきたのは何とも場違いな感じがするヴィクトリア。彼女は紅茶を淹れていたらしく、ティーカップに注がれた紅茶を啜りながら厨房の方から出てきた。


「何で、お前が......」


「あら、『ヴァーシティー作戦』について五六には説明してませんの?」


「何その物騒な作戦」


 ヴァーシティー作戦、とは第二次世界大戦中、連合軍が行ったドイツのライン川を渡河するための軍事作戦......だった筈だ。


「アフリア先輩のネーミングです、私はよく分かりませんけど。まあ、簡単に言えば『ドイツに行って、フォーゲルさんを無理矢理奪い返しちゃおう! 大作戦』ってな訳です」


「ソ連らしいネーミングセンスではあるが......正気か?」


「いいえ」


「......いや、だって、ほら、そんなことしたところでアーデルがJa、分かったわ、って帰る訳ないし」


「んなこと知りませんよ。自分で何とかして説得して下さい」


「......アーデルが日本を発つのに、葛藤しなかった訳がない。きっと、アイツは色々、悩んだ末に決断して......」


「でも、帰ってきて欲しいんでしょう? それに一度もそのことについて話してないじゃないですか」


「『アーデルが居ないと俺、寂しくて泣いちゃうのですー』って、ギャアギャア言えば何とかなると思うのです」


「いや、せめて俺の真似する時くらいなのです抜けよ。それに......パスポートとかの問題もあるし、何なら、アーデルの家が何処にあるのかなんて俺知らねえし。アーデルの家族の事情も色々あるだろうし?」


 俺がツラツラとそんな風に言葉を並べ立てると、ヴィクトリアはわざとらしく『おー、ほっほっほっ』と笑った。


「私達がそんなことも考慮出来ないほど浅はかと、貴方は思っていまして?」


「......は?」


「はいはーい、お入り下さい! 今日の一番の主役の登場ですわー」


 と、ヴィクトリアが厨房の方に叫ぶと、トテトテと小さな足音が聞こえてきた。


「G,Guten Abend......ヴィクトリアさん、それ恥ずかしいからやめて下サイ......。ケイさん、今回のサクセン、あの子の姉である私がゼンメンキョウリョクさせて頂キマス」


 少し恥ずかしそうに、遠慮がちに厨房から現れたのはアーデルハイドの姉、アデーレだった。


「あ、アデーレさんまで......」


「あの子が何て言うかは私も分からないデスケド、ケイさんとお話しするキカイくらい、設けれた方が良いかなと思いマシテ。ビリョクながら、サポートします」


「で、私は海外で言語障壁にぶつかることが予想される五六を支えるためのお助けキャラなのですわ。英語なら、ある程度、通じるでしょう?」


 『大英帝国の名に懸けて、五六に不自由はさせませんわ!』と意気込むヴィクトリアに俺はギョっとした。


「え、は? 待て。つまり、お前もドイツに行くってことか......?」


「そうなりますわね。ご安心ください。既にお父様とお母様の許可は貰ってますわ」


「で、でも、俺、金が......」


 と、狼狽える俺の肩を叩いたのは妙にドヤ顔をしているマスターとソ連であった。


「五六、お前にこれをやるのです」


 と、ソ連が渡してきたのはエッフェル塔やら凱旋門やらルーブル美術館やらが無秩序に描かれ、真ん中に『TAKASAGO』の文字の書かれた横15cm、縦50cm程のラミネート加工が施された紙だった。


「何コレ」


「それはソレンヌちゃんデザインの『たかさご』のマーク。それをよく見えるところに付けてドイツに行って来てくれ」


「......どういうことですか」


「要するに、『喫茶店 たかさごはこの活動を応援しています』ってことなのです」


 と、悪戯っぽく笑うとソ連は制服のポケットから封筒を取り出し俺の頬を軽く叩いた。その封筒の口からは重なった紙幣が見えている。


「......いや、いやいやいや! 駄目駄目ダメ! アカンカアカンアカン! 俺は友達に金を貰う程、落ちぶれてへんで!」


「なら、安心しろなのです。コレは私の金じゃなくて、マスターの金なのです。いやまあ、たかさごの売り上げは全部、私の金ですけど」


「安心出来ねえよ! 何でマスターが其処まで俺にしてくれるんですか!」


「いや、だから、さっきも言った通り、俺はただ金をあげようとしてるんじゃなくてスポンサーになろうとしてるだけだから。......それに、大事な従業員と顧客を取り返すためでもあるし」


「や、だからって、費用対効果というか、ハイリスク謎リターンというか」


「その計算が出来ないからソレンヌちゃんに経理やって貰ってるんだよ。それに、どうしても我慢ならないなら此処で働いて少しずつ返してくれれば良いし」


 と、苦笑するマスターを見て俺はその場で崩れ落ちてしまった。


「何で......何で皆、そんなに俺の為に......」


「ま、五六の為だけなら私も動かなかったかもしれませんけど、アーデルハイドの為でもありますしね。二人の為なら仕方なく、って奴ですわ」


「私は何も言わずに帰りやがったハイジの鼻っ柱を五六がぶん殴ることに期待してなのです」


「私はケイさんの為でもありますケド、何よりこうするのがあの子のためな気がスルノデ」


「私が先輩に協力する理由は分かりますよね。フォーゲルさん取り戻して元気になった先輩にもう一度、アタックする為です。......私、諦め悪いので」


 えへへ、と笑う月見里。俺は彼女を睨んだ。


「この作戦を立案したのはお前か、月見里」


「ええ。私が立案して、アフリア先輩が『よし乗ったのです』って......」


 と、月見里はソ連に目を向ける。当のソ連はバツが悪そうに目を逸らしていた。


「......皆、ありがとうございます」


 俺はやっと、礼の言葉を述べた。

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