69 静かな時間
「んあー、もう、良い時間じゃないですか。んじゃま、そろそろ、私は帰りますね。ご馳走様。料理美味かったのです」
プレゼント交換を終えた俺達がお茶を飲みながらのんびりしていると、突如、ソ連が立ち上がり、そう言った。彼女はペコリと頭を下げると、荷物を纏め始める。
「えー、ソレンヌちゃんもう帰っちゃうのー?」
「蜂須賀、テメエのことだけはマジで許しませんからね......明日はずっと、店に居るので用があったらそっちでお願いします。あ、後、店の菓子もクリスマス仕様になってるので買いに来てくださいね」
さりげなく宣伝を挟みながら玄関の方へと向かうソ連。皆が彼女を見送ろうとすると、アーデルが突如、立ち上がった。
「少し、待って」
そう言うと、アーデルはスタスタと自室......もとい、よくアーデルが使用している俺の部屋に歩いていき、蔓で編んだ可愛らしい籠を持って戻ってきた。
彼女はその籠から拳くらいの大きさに膨らんだビニール袋を取り出す。その袋も何やら可愛らしい模様がプリントされているようだが、よく見えない。
「はい、コレ。良かったらマスターと食べて。......マスターの作るお菓子にはオヨバないかもしれないけど」
「何ですかコレ」
「Lebkuchen......ドイツのケーキというか、まあ、スパイスクッキーみたいなものよ。柔らかい物も多いんだけど、私は硬いのが好きだから硬めに焼いたわ」
「はえー、ジンジャークッキーみたいなもんですか。なら、好物ですよ。Merciなのです。......へー、アイシングまでしてて凝ってますね。トリコロールとか私仕様ですか......おい、ハイジ」
「何?」
「何だこのロケットは」
「ソ連のソユーズロケットだけど」
「舐めとんのかワレ」
「皆もどうぞ。はい、ケイも」
クッキーのアイシングを利用した高度な煽りをソ連に入れつつ、アーデルは次から次に籠から袋を取り出して皆に配り出した。
俺が貰ったレープクーヘン? には何やら丸いみたらし団子のようなものが描かれている。
「アーデル、何コレ」
「タコヤキ」
「こんだけ長い間、付き合ってきて俺のイメージそれなん?」
「ウチはお好み焼きでした」
ちょっと、そっちの方が高等じゃねえか。
「アーデルハイド、ユニオンジャックを描いて下さったのは嬉しいですけれど......どうして、また、皆にコレを焼いて下さったの?」
ユニオンジャック、地味に難易度高そうだな。
「私の家では毎年、Lebkuchenを焼くのよ。折角なら皆の分も、と思って焼いただけ。深い意味は無いわ。......それと皆、折角だし、ソビエトが帰る前に写真撮影をしましょう。ちょっと、待ってて」
突如、そんなことを言い出したアーデルは三脚と一眼レフカメラを俺の家の物置から引っ張り出してきた。
「当たり前のように五六の家の物を使ってますわね」
「物置にそんなカメラがあるの、俺も知らなかったぞ」
「この前、見つけたのよ」
「写真撮影とは、名案だなアーデルネキ。今日は特に美少女が多いから写真が映えるぞ」
なんて、ことを言い合いながら俺達は全員で固まって写真撮影をした。人と写真を撮るのなんて久しぶりだ。
「ナツマ、表情硬い」
「そういうルミも無表情だが」
「コレは私のアイデンティティだから」
「月見里、お前、写真写り悪いですね。いつもよりぷにぷにしてるように見えるのです。可愛くはありますけど」
「何やとコラ。そういうアフリア先輩はビックリするほど笑顔で可愛らしく写ってますね。あざとさが板に付いてます」
「お褒めの言葉をどうも、どうもなのです」
「クリスマスの雰囲気とアーデル、滅茶苦茶マッチしてるな。後でこの写真くれ」
「ええ、良いわよ」
「んじゃま、今度こそ私は帰りますね。改めて皆、Merciなのでーす」
「あ、じゃあ、俺もそろそろ帰ろっかな。不知火に構ってやりたい」
「......えじゃあ、梓たんも! レイグン様、イブくらい三人で過ごしましょ?」
「あ、なら私も帰りますわ」
「じゃあ、俺も」
「私も、帰ろうかな。ナツマは?」
「ルミが帰るなら帰るぞ」
と、ソ連から始まり、ドミノのように次々と帰宅を表明する彼ら彼女ら。俺達の視線は依然として、帰宅を表明していない月見里に注がれた。
「......へ? いや、ウチはまだ帰りませんよ」
「神経図太いですねお前」
「うっさいですね! 迷惑ですか? 先輩」
「いや、全く。元々、皆にはもっと居てもらう予定だったし」
「やったー」
ということで、メンバーの殆どが続々と帰宅してしまった結果、パーティー会場に残ったのは俺とアーデル、そして、月見里の三人だけになってしまった。
「何かこのメンバー、気まずいんだが」
「皆帰って、一気に盛り下がっちゃいましたね」
「ソビエトとか、アズサとか、ヴィクトリアとか、ムードメーカーが軒並み居なくなったからね......」
「ウチがこの場から消えれば気まずい空気は無くなりそうですね」
「自覚あったのね」
「お陰様で」
「おい、止めろ。喧嘩するんじゃない」
にしても、アーデルの言う通り、さっきまではムードメーカー連中のお陰で、茶を飲んでるだけでも盛り上がったが、この三人ではそうもいかない。
何か対策を取らなければ、月見里とアーデルの喧嘩にイベントがシフトして行く気がする。
「ゲームでもするか?」
「あ、良いですね。ウチ、格ゲー得意ですよ」
「この家、ゲームなんてあったの?」
「よくよく考えたらテレビゲームは無かったわ」
「適当なこと言わないで下さいよ......」
スズッと、三人の紅茶を啜る音が偶然、重なった。何だか眠たくなってくる。
「あ、クリスマスってドイツ語で何て言うんですか?」
「Weihnachten」
「あ、へー......」
ビックリするほど、話が盛り上がっていないし、気まずいままだが、何だかそれも気持ち良くなってきた。
「あの、お二人って付き合おうって気はないんですか。私が言うのもアレですけど、結構、相思相愛ですよね? 何か、理由とか......」
「いや、何か曖昧な今の関係の方が楽かなって。月見里の気持ちに答えを出さずに済むし」
「誰がそんな馬鹿正直過ぎる考えを言えって、言いましたか。反省して下さい」
「私も思わず、引くレベルで素直に答えたわね貴方。......まあ、はっきり言って今の関係から前進する必要は無いかなって思ってるわ」
「へえ......。私に奪われる可能性とか、フォーゲルさんは全く考えてないんですね」
「まあ、奪われた時は奪われた時だと思っているわ。それは私の力不足だもの。『付き合ってる』ことを理由にケイを縛り付けたくない」
「俺は其処まで考えてなかった」
「先輩......」
月見里が俺にジト目を向けてくる。実際、俺がアーデルとこの関係を続けている理由は『楽だから』というのに尽きる。後、尤もらしいことを言えば、俺とアーデルが関係を維持するのに『交際』などという名目は必要ない、という一種の信頼が存在するのも理由だろうか。
「俺、かなり愛に貪欲だから束縛してくれないと不安になるぞ」
「......面倒臭いわね貴方」
「ヤダ冷たい。俺を縛り付けたくないとか言ってるけど、俺への愛が冷めてきたのはアーちゃんの方だったりする?」
「・・・・」
「いや、何か言えよ。不安になるわ」
と、俺は苦笑しながら言う。しかし、冗談抜きで最近のアーデルは様子がおかしい。
俺達の中でクリスマスを一番、楽しみにしていたのはアーデルだというのに、今日の彼女は絶妙に口数が少なかった。それだけではない。アーデルは無表情ではあるが、感情の起伏が乏しい訳ではない。
だというのに、最近の彼女が楽しそうにしているのを俺は見た覚えがない。今、思えばシュトーレンを俺に作ってくれたあの日が、12月のアーデルの笑顔のピークだった気がする。
シュトーレンが少しずつ減っていくのと同様に彼女の笑顔も日毎に減っていったのだ。
「おーい、先輩? お腹でも痛いんですか?」
「ちょっと、考え事」
月見里は俺が最近のアーデルの様子について考え込んでいたのを、腹痛を我慢しているのだと勘違いしたらしい。
「......私、そろそろ、帰るわ。片付けだけ終わらせるわね。ありがとう。楽しかったわ」
何故だろう、微笑を浮かべながらそう言うアーデルから大きな溜息が聞こえた気がした。
「え、ふぉ、フォーゲルさん? 折角のクリスマスイブなのに先輩置いて帰っちゃうんですか?」
「家族とも過ごしたいから。悔しいけど、それ、マヒルにあげるわ」
「人のことをそれとか言うな」
アーデルは俺と月見里に手伝われながら、手早く食器を片付け、荷物を纏めると、早歩きで玄関へ向かった。
「アーデル」
「何」
「俺が何も気付いていないと思ったら大間違いだぞ?」
アーデルは少し俯くと、視線を色んなところに飛ばし、溜息を吐いて、口を開く。
「......貴方が気付いてることくらい、気付いてる。じゃあね」
そう言い残すとアーデルは俺に別れの言葉を言わせる間も与えず、逃げるように寒空の下に出ていってしまった。




