64 ダーリン
「......俺がたかさごで働き始めた頃の話だ。その頃は祖父さんの介護の疲労、大阪から一人で引っ越してきたストレスとか何やかんやが原因で病み散らかしてた。そんな俺を救ってくれたのがマスターとソ連だったんだよ」
アーデルの厳しくも、優しくもないような無感情な視線を浴びながら俺はそう話し始めた。
「前に聞いたわ。たかさごが心の拠り所だったんでしょう」
「そうそう。ソ連も、俺の愚痴を聞いているうちに、何やかんやで親身になってくれてさ。その、何か、家に来てくれて偶に家事とかやってくれたり......」
「はぁ?」
ゴニョゴニョと話す俺に対して、聞き逃さなかったぞとばかりに反応してくるアーデル。怖い。
「心配しなくてもハイジみたいに頻繁には行ってませんでしたよ。私、暇じゃありませんでしたし。泊まったこともありませんでした」
「で、それで? その時はまだアフリア先輩とは付き合ってなかったんですよね?」
食い気味に聞いてくる月見里。逃げ道がない。
「......まー、此処まで言ったら分かるだろ。病み散らかしてた俺に優しくしてくれた奴を好きにならん筈が無い。こっちから告白した」
「二つ返事でオーケーしてやったのです」
「つまり、ソレンヌネキの方にも気があったってことか」
「いや、全然。誰がこんな面倒臭そうな男を好きになるもんですか。付き合ってることに格好つけて、コキ使ってやろうと思ったのです。その時の五六はかなり精神的にも健康になってきてましたしね」
あー、傷付いた。
「付き合ってるんだから、って時給は減らされるわ、デートと称して飯奢らされるわ、逆らったら直ぐに蹴られるわ、って付き合った途端にコイツ、本性表しやがってな。それでも確かに俺はコイツが好きなんだ、って自分に言い聞かせながら付き合ってたけど、直ぐに関係は自然消滅した」
「あんな軽度の調教に耐えられないような馬は要らんのです」
「な? 当時の様子が分かるだろ。俺達、手すら繋いだことないから。これマジ」
「ケイを一番最初に調教したの、貴方だったの。ふーん......」
「あ、其処に引っかかります?」
でも、確かに言われてみれば俺にこの道を教えたのはソ連なのかもしれない。事あるごとに蹴ってきて、踏んできて、罵倒してきて、偶に可愛い顔と声で優しくしてくる飴と鞭の使い手、ソレンヌ。
彼女が俺に与えた影響は大きい。
「な、何か面倒臭そうだから俺ら先に行くわ」
重苦しい空気に耐えかねたようで、井立田はそう言うと、ヴィクトリアを連れて何処かに行った。それに続いて蜂須賀と霊群が『戦線離脱!』とか言って、井立田達の方へ走っていく。
「ア、アイツら......」
引き立った笑みを浮かべながら北里が恨めしそうに彼らを見た。
「逃げた」
ルミティカちゃんがポツリと言う。
「取り敢えず、私とダーリンは紅茶と食器見にいくのです」
「じゃあ、私も行きます」
「私も紅茶が見たいわ」
皆が皆、プレゼントに紅茶入れても困るだろ。
「ルミティカちゃんと北里はどうすんの? マフラー買いに行くんだっけ」
「......ケイが何か可哀想だから、一緒に行ってあげる」
「女神か?」
「ルミが行くなら俺も行って良いか」
「助かります......」
⭐︎
「んー、凄く良い匂いがしますねこの茶葉。すみません、この茶葉の試飲出来ますかー?」
紅茶屋に着くと、ソ連は慣れた様子で茶葉を吟味し始めた。彼女はこの店の常連らしく、店員も
「あ、可能ですよ。直ぐにお持ち致しますね。何時もありがとうございます」
と、ソ連にお辞儀をしていた。
アッサムやダージリンのような飲んだことのある茶葉から、全く聞いたことのない名前の茶葉まであって結構、面白い。
『グランボアシェリ・バニラ』、とか名前の圧力凄いな。
「アフリアさん......小慣れてますね」
「何か、紅茶を買いに来てるというより商談しに来てるみたいだわ」
「ねえ、皆、私、あっちの店見てきて、良いかな」
と、ルミティカちゃんが指を指したのは俺達が今居るティーショップから丁度向かいにある、コーヒー豆の専門店だった。
「あー、ルミ、そっちも後で行くので待ってて下さい。......ふんふん、やっぱり、美味しいですねこれ」
紅茶を絶賛試飲中のソ連がルミにそう言った。
「ルミティカちゃん、コーヒー好きなん?」
「うん、好き。焙煎とかは、よく分からないけど、お父さんとかお母さんが淹れてくれるの」
「北欧はコーヒーをよく飲むわよね。フィンランドだけじゃなくて、スウェーデンやノルウェー、デンマークなんかもコーヒー消費量ランキングの上位を占めてた筈よ」
「ヤケに詳しいな。どうしてだ?」
という北里の質問にアーデルはドヤ顔をした。
「北欧に並んでコーヒーをよく飲む国はドイツなのよ。ドイツが上位に食い込んでるランキング手当たり次第に探してる時に北欧のことも知ったわ」
出たよ愛国心。
「マジかよ、ドイツすげえな。ところで、アーデル、今度、ウィンナーコーヒー作ってくれ」
「誰がオーストリア人や。......久しぶりに聞いたわね、そのネタ」
「フランスはカフェオレで有名だし、イタリアもエスプレッソで有名......今度、皆で珈琲ダンギ、したいな」
つくづく幸せそうに、純粋無垢な笑顔を浮かべるルミティカちゃん。北里がいっつもこの娘の側にいる理由がよく分かる。庇護欲湧くよな、凄く。
「このドイツ娘、ドヤ顔でこう言ってるけど、珈琲飲んでるところそんなに見たことないぞ」
「......言わなくて良いことを貴方は言うわよね」
「なら、ウチを混ぜて下さいよ。豆の種類とかよく分からないですけど、缶コーヒーなら好きですよ!」
月見里、お前もシンプルに可愛いな。
「何ペチャクチャ喋ってやがるのです。買い終わったのでそろそろ行きますよ。あ、五六、この茶葉持てなのです。箱で買ったので重いのです」
「......郵送して貰えよ」
可愛くない、コイツ。




