62 シュトーレン
「はい、出来たわよ」
ダイニングテーブルに座りながら紅茶を啜っていると、アーデルがお盆の上に乗せた『何か』を運んできた。彼女が製菓を始めてから二時間程が経過していた。
「何これ」
粉砂糖を被っているようで上面は真っ白、側面は茶色い生地で断面をよく見るとドライフルーツの類いが入っている。パウンドケーキのようだが、それよりも生地の目が細かく、フランスパンのように堅そうな印象を受ける。
「Stollenよ」
「はい出たドイツ菓子。何? シタアレン?」
「日本語表記ではシュトーレン、が一般的と聞いたわ。ドイツ語で坑道を意味する、伝統的な菓子よ。ドライフルーツやナッツなんかを練り込んだわ」
「へえ......何故これを?」
「ドイツではStollenをクリスマスに向けて少しずつ食べる文化があるのよ。フルーツと酒が生地に馴染んで少しずつ味が変わっていくの。それまでの期間をAdvent ___日本語ではタイコウセツって言うのかしら___って呼ぶんだけど、まあ、良いわ。私、キリスト教じゃないし」
「適当だな......というか」
「ん?」
俺は思わず、そのシュトーレンなる菓子を見て笑みが溢れた。
「これから毎日、クリスマスに向けてそれを俺と一緒に食べてくれる......つまり、クリスマスまで傍にいてくれるってことか。粋なことするな」
「じゃあ、クリスマスまでの付き合いで良い?」
「アカンに決まっとるやろ」
何、恐ろしいことを言ってるんだコイツは。
「急にマジトーンでキレないでよ。そうね、ショウガツくらいまでは延期してあげようかしら」
「しぇめて、ホワイトデーまで待ってくらさい」
「何でバレンタインデーまでじゃないのよ」
「お返しは大事だろ」
「バレンタインデー貰える前提なの笑えるわね。でも、そういうところ好きよ。因みにドイツではプレゼント渡すの、男の方だからね。プレゼントの主流は花とかよ」
「あー、バレンタインデー=チョコって日本の文化だもんな。ホワイトデーも無いんだっけか。ガラパゴス化だよな、これも」
「バレンタインデーを祝うようになったのは日本の方が先らしいけどね」
「ええ......」
「まあ、良いわ。私は基本的にゴウにハイってはゴウに従え派だから。ケイはバレンタインデーに何をご所望? やっぱりチョコ?」
「あれ、郷に入って、じゃなくて入って、だぞ」
「・・・・」
あ、拗ねた。
「俺はアーデルが欲しい」
「......ニョタイ盛り的な? ヘンタイの極地ね」
何でアーちゃんが女体盛りだなんて言葉をご存知なのか小一時間問い詰めたい。
「てか、その前にクリスマスだよ。クリスマスプレゼント何が欲しい?」
「ケイが欲しい......って、言ったらどうなるのかしら」
「体に赤と緑のリボンをグルグルに巻いた全裸の俺が現れる」
「キッッッッショ」
「アーデルハイドちゃん、口悪くない?」
「クリスマス舐めんな。クリスマスガチ勢ドイツ人の本気を見せてあげるから覚悟していなさい」
「米英伊芬のクリスマスも気になるな」
てか、フィンランドってサンタクロースの国じゃん。ルミティカちゃんにサンタクロースに会ったことあるか聞いてみたいな。
「仏何処よ」
「ソ連は無神論だからクリスマス無いぞ」
「貴方、いい加減、ソビエトをソ連って言うのやめなさいよ」
「ブレーメン刺さってるぞ」
「ブーメランみたいに言うな。貴方、ブレーメンがどんな所か知らないでしょ」
「ああ。どんな所なんだ?」
「実は私も知らない。南出身だし。テヘペロ」
「何やコイツ」
アーデル、何か知らんが自棄にテンション高いな。
「折角だし、早速、Stollen、食べてみましょうか」
「ヤッター」




