61 観察日記
俺はアーデルをモデルにしたヒロインが登場する小説を書いている。日本の学校に転校してきたドイツ人美少女が文芸部の少年と交流を深めていくという、『そのまんま』の小説だ。
そして、俺は思った。その小説のヒロインをもっと、魅力的に書くにはモデルであるアーデルの魅力を知り尽くす必要がある、と。勿論、俺は改めて何かをするまでもなく、アーデルは非常に魅力的な娘だと思うし、今までの交流の中でそれは感じてきた。
しかし、俺は思う。今一度、アーデルの魅力を実際に感じ、分析してこそ良い文章が書けるのでは、と。
いやまあ、実を言うと、最近バイトが多かったり定期テストかあったりで忙しかったから久しぶりにアーデルに構って貰いたいだけだが。
なんてことを考えていると、寝室の扉が叩かれた。
「朝ご飯、出来たわよ」
今日は学校もバイトも休み。思う存分、アーデルを堪能してやろう。
「アーデル、手、引っ張って。体重くて起きれない」
まずはジャブでバブってみようと思う。
「......ん」
アーデルの細く白いサラサラの手を俺が掴むと、彼女は物凄い力で俺を引っ張ってきた。起き上がった俺は勢い余ってそのまま、倒れそうになる。虐待止めろ。
「う、おっととと......力強すぎだろ!? 俺は大きなカブじゃねえ!」
「早くダイニング来て」
「んー」
食パンとヴルスト、チーズにヨーグルトというThe ヨーロピアンな朝食を作ってくれるのも間違いなくアーデルの魅力である。昼や夕は俺が担当することも多いが、いかんせん俺は朝が弱いので朝食はアーデルに作ってもらう事が大半だ。
「ご馳走様」
「オソマツサマ」
朝食を終えた俺はスマホで時刻を確認する。午前8時、アーデルのお陰で寝坊し、貴重な休日を無駄にすることを防げたな。
「アーちゃん、アーちゃん」
俺は朝食を終え、リラックスしているアーデルの肩をツンツンと突いた。
「何?」
「遊ぼ」
「構って欲しいのね......」
「そういうこと」
「まあ、分かったわ。で、何するの?」
この『やりたくないけど、仕方ないからやってやる感』とてつもなく好きだ。
「最近、よくアーデル、肩回してるだろ。肩揉みしてやるよ」
「普通に嫌だけど」
「......うぇ?」
「だって、貴方、肩以外も絶対に揉んでくるじゃない」
「アーデルの肩以外で揉める部位なんて腰とか足くらいしか無いだろ」
ガシッと彼女は俺の体を掴むとそのまま無言で地面に押し倒し、馬乗りになってきた。
「取り消せ......」
こうして彼女に乗られてみると思うことがある。
「お前、結構、デカいな。いや、胸じゃなくて体。......んうううう!?」
成長期なのだろうか。彼女と出会った頃は俺と同じくらいの身長だったのに、最近は少し抜かされている気がする。175cmくらいはあるんじゃなかろうか。
そんな巨体に押し潰されている状態の俺にアーデルは追い討ちをかけるかのように、更に体重を掛けてきた。
「重いとか言ったら更に酷い目に遭うわよ」
「いや、そう言われたくないなら体重かけるなよ! アーデルは太ってるわけじゃないけど、筋肉質だから普通に重いんだよ! ちょ、ま、アカン洒落にならん! これセーフワード何だっけ!?」
「......と言いつつ、結構、喜んでるでしょあなた」
「バレた」
少し落ち着きを取り戻した様子のアーデルを見て、またも好きな娘にちょっかいをかけたくなる欲求が俺の中でウズウズとし始める。
そして、俺は不意に体を小刻みに揺らした。
「......っ! ケイ! 揺れてる! 揺、揺れ! あ、ああっ!」
俺の上でアーデルが叫び始めた。この前の一件から彼女は完全に地震恐怖症になってしまったのだ。しかし、幾ら極度の地震恐怖症とは言えアーデルも馬鹿ではない。直ぐに俺が意図的に体を揺らしていたことに気づいて、ギロリとした視線を此方に向けてきた。
「......このまま首絞めてやろうかしら」
青筋を額に浮かべながらそう言う彼女の顔は笑っていなかった。
「エ、エンチュルディグング ズィー ミッヒ ビッテ......」
うろ覚えのドイツ語を使って『ごめんなさい』と謝る俺。すると、彼女はいつにも増して大きな溜息を吐いた後、『貴方はそういう人よね』と呟いた。はたして、許して貰えたのかこれは。
「もう良いわ。ちょっと今から台所借りるわね」
「ん? 婆さん、朝ご飯食べたばかりだぞ?」
「いや、分かってるわよ。認知症じゃないから、まあ、待ってなさい」
台所にはかなり膨らんだレジ袋が置いてあり、彼女は其処から色々と材料を取り出して料理を始めた。小麦粉や粉砂糖が見えたので、恐らく、お菓子を作るつもりなのだろう。材料は近くの朝からやってるスーパーで買ってきたようだ。
「アーデルって台所に立ってる姿もサマになるよな」
と、俺は料理をする彼女の背後からそう言った。
「背中なんて見て楽しい?」
「アーデルの綺麗な髪と、肩と、腰と尻と足が見えてるからな。充分すぎる程に眼福だ」
「あそ」
「手伝うぞ?」
「いい」
雑な扱いも嬉しい今日この頃。てか、自分で言ってて思ったがアーデル、後ろ姿までめちゃくちゃ見応えあるな。そして、本格的に冬ということで一年中、俺の為(?)に付けてくれていたニーソもやっと、自然になってきた。
とは言っても、流石にずっと、後ろで見られているのも気まずいと思うので俺は勉強でもしようとキッチンを出ようとした。
「何処行くのよ」
すると、アーデルが俺を呼び止めるようにそう言ってきた。
「や、ずっとこうしてても迷惑だろうから勉強でもしてこようかなと」
「......別に迷惑じゃないわ。後ろに居なさい。話し相手くらいならしてあげるから」
「どうした急に。さっきまでツンツンしてた癖に」
「最近、何と無く貴方との関係が冷めてきた気がしてね。ほら、私と貴方が出会った一学期や夏休みと違って、この二学期、トクヒツすべきことが殆ど無かったでしょう」
「まあ、確かに。アーデルとの毎日が当たり前になってきたからか、小説のネタも減ってきた。強いて言うなら、アーデルがハロウィンに熱出したことくらいか? いや、アーちゃんが地震で失神したのもあったか」
だから、こうやって今日は『アーデルハイドの魅力を今一度見直そう』という意気込みの元、俺は動いていたのだ。
「二学期の私、ロクな目に遭ってないわね......。まあ、だから、偶にはちゃんと構ってあげようと思ってね。貴方もそういうつもりだったんでしょ?」
小麦粉や料理酒なんかの量を測りながらアーデルはそう言ってきた。不意に的確な推理で刺された俺はギョッとして数秒、呆気に取られる。
「......ナニユエ、そう思ったのですか?」
「何か朝から妙にテンション高かったし、シツヨウにボディタッチしてきたし、何か何時もと違ったから。今日は何時もより、甘えたい気分なのかなって」
「や、俺を犬か幼児みたいに言わないでアーデル」
「貴方、犬系だし、私に『バブみを感じでオギャリたい』とか言ってたじゃない」
「つまり、今日はアーデルママがその包容力で俺を全力で受け止めてくれるって認識でオケ?」
「あんまり調子乗んな」
「いって。言葉のナイフで急に刺されたわ」
俺に背を向けたままアーデルは溜息を吐いた。
「......兎に角、話し相手になってあげるからずっと其処に居なさい」
「ヤー」
アーデルの魅力、十分なほどに再確認出来たな、これは。




