57 不可侵条約
破裂音を響かせながら空一面に広がる彩り豊かな花達。ああ、素晴らしい。完璧だ......。
「何が完璧なの?」
「あ、やべ。漏れてた?」
「破裂音を〜のところから」
最初っからじゃねえか。
「いや、アーデルと海行って、アーデルと帰省して、アーデルと夏祭り行って、アーデルと花火見れて、最高の夏祭りだったなと思いまして」
「良かったわね」
「他人事止めろ」
「......日本の花火は静かね」
うっとりとした様子で空を見上げるアーデルの顔は少し汗ばんでいて、艶かしかった。
「ドイツの花火はどんな感じなんだ?」
「日本みたいに趣のある、綺麗な感じじゃないわ。Feuerwerkって言うんだけど、花火の『花』を楽しむというより『火』を楽しむって感じね。大量に打って、皆で盛り上がる感じ。大晦日のカウントダウンで使う奴が有名よ」
「へえー。祝砲的な意味合いが強い感じか」
「花火といえば、ベルリン750周年を祝う祭典で日本人の方が手伝いに来てくれたみたいね。えっと......佐藤...... 佐藤勲さんだったかしら。昔、ドイツのテレビでやってたわ」
その話なら俺も昔、テレビで観たことがある。『火薬は人を殺すためではなく平和のために使われるべき』だったか。印象深い言葉を残していたので記憶に強く残っている。
「ドイツの花火も見てみたいな」
「何時か、見せてあげたいわね。アレもアレで良いものよ」
「期待してる」
其処で話は途切れた。何だか気まずいので空を見る。やはり、花火は綺麗だ。
「......月が綺麗ですね」
「花火見ろなのです」
「ソレンヌちゃんが綺麗ですね」
「比喩と直接の温度差で風邪引くわ、なのです」
......何か近くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺が声の聞こえてくる方へ視線を向けようとすると、アーデルが俺の肩に手を置いてそれを静止した。
「面白そうだから見守っていましょう」
「......良いなそれ」
それがアーデルの本心なのか、それとも折角二人きりになれているこの状況を壊したくなかったのか、それとも、二人を気遣ってのことなのか、いずれかは分からないが、俺はコクリと頷いた。
近くに知り合いが居ることを除けば、これほどないくらいに良いシチュエーションだ。いやはや、夏祭り、来て良かった。
「終わったわね」
花火がフィナーレを終え、一気に静かになった空の下、アーデルが惜しそうにそう言った。
「......だな」
既に花火を見るために集まっていた人々は散り始め、その数分後には元の半数弱の人々しか残っていなかった。
一方、俺とアーデルは何だか直ぐに帰るのは寂しく、暫くその場に留まっていた。お互い、何も言わないが、不思議と気まずさは無い。
「ねえ、ケイ」
不意に沈黙を破ったのはアーデルだった。
「ん?」
「月がき」
「月が綺麗ですね、先輩」
アーデルの言葉を遮るかのようにそんな声が後ろから聞こえてきたかと思うと、何者かが俺の肩に手を置いた。
「......貴方」
「アフリアさんから先輩が来ているとの情報を頂きましてね」
「うわ、諜報機関やん。ソ連国家保安委員会なの?」
「何か面白いものが見れそうだったから、だそうです。アフリアさんは今何処に?」
「さっき、マスターとイチャつきながらどっか行ったわよ」
自由人だな。
「折角の雰囲気を壊して申し訳ありません、フォーゲルさん」
「貴方、絶対思ってないでしょそれ。あ、ケイ、月綺麗ね」
「ヤケクソ月綺麗止めろ」
「夏祭り行くなら、ウチのこと、誘ってくれても良かったのにな〜」
意地悪な笑みを浮かべながら月見里は言う。冗談なのは分かるが、結構、ダメージ大きいので止めて頂きたい。
「残念ながら、ケイは私と行きたかったようね」
「そっかー。残念です......ふふっ」
「何か楽しそうだな」
「いえ、先輩を女性が取り合っているこの状況面白いなと思いまして。私、先輩のことは確かに好きですけど、そんな取り合われる程の男性じゃないと思うんですよねー」
「それは凄く同意だわ。私もこの男、それほど需要のあるタイプじゃないと思ってた。ヘンタイだし」
「急に手と手を取り合って俺に攻撃しかけんな」
まさに独ソ不可侵条約。てことは俺、ポーランドなの? 分割されるの?
「......取り敢えず、今日は解散するか。花火も見終わったことだし。月見里、送るよ」
「え、あ、でも、フォーゲルさんは......?」
「当然、アーデルにも付いてきてもらう。てか、アーデルの方が俺より頼りになるし。良いよな、アーデル?」
俺がそう確認するとアーデルは迷うことなく頷いた。
「ケイの言う通り、夜道をマヒル一人で歩かせるのは不安だわ。其処にケイが加わっても不安要素が一つ増えるだけだし。私も行くしかないでしょう」
俺、不安要素なんだ。
「......ありがとう、ございます。あ、先輩、別に私、先輩の家にお泊まりとかでも良いんですよ?」
「お前最近、図々しくなったよな。やだよ。色々と不味いだろ」
「とか言いながら、フォーゲルさんは泊めてるみたいじゃないですか。諜報員から聞きましたよ?」
アイツ......。
「良いんじゃない? マヒルが良いって言うなら。私も泊まることにするわ。ケイより私の方が強いから、ケイが変な気を起こしてもブッ倒せるし」
「いや、アーデル......そういう問題じゃなくてだな」
「先輩の家、何気に行ったことないじゃないですかあ。まあまあ、長い付き合いなんですから良いでしょう?」
「......分かった。その代わり、あんま見られたくないものとかあるからマジで風呂入って寝るだけだぞ。片付いてないし」
「やった」
「......ふふっ」
静かにガッツポーズを決める月見里と怪しげに笑うアーデル。アーデルの目的、何と無く分かった気がする。
⭐︎
「せ、先輩......何か自棄にバスタオル多いですね......。あ、後これ、何でヘアクリップ何かが洗面所に置いてあるんですか......」
歯ブラシ、食器、アーデルの着替えなどは急いで隠したのだが、やはり、駄目だった。この未来が見えていたから月見里を家に呼びたくなかったんだ。
「ふふふ......これが『格の差』よ」
「先輩! 不埒過ぎますよ! フォーゲルさんと付き合ってる訳ではないんですよね!? 何でこんなフォーゲルさんの存在を示唆するようなものばかりあるんですか!?」
「寝ます」
「おら! 逃げんな! シベリア送りにすんぞなのですよ!」
「語尾によ、付けて差別化図るな! ちょ、待ちいや! 助けてアーデル!」
「ふーん、此処でまたフォーゲルさんを呼ぶんだあ?」
「別にソ連でもヴィクトリアでも、何ならジョン先生でも良いから来てええええええええ!」




