56 屋台
「ソ連、こんな所で何やってんだよ」
「見たら分かるでしょうが。タピオカミルクティー売りの少女をしているのです。ほら、あそこが私達の屋台なのです」
ソ連が指差す先には確かに『タピオカミルクティー』と書かれた旗を上げている屋台があった。其処でタピオカミルクティーを売り捌いているのはマスターだ。
「何だよ、出店するなら言ってくれれば良かったのに」
「人手なら足りてたし、わざわざお前に言う必要性が感じられなかったのです」
「......さいですか」
「折角ならマスターにも挨拶をしておきましょうか」
アーデルの言葉に俺は頷き、俺達はマスターが切り盛りする屋台の方へと移動した。
「あ、二人とも。早速、来てたんだ。どう? 夏祭りデート楽しんでる?」
「楽しんでたんですけど、お宅のキャッチに捕まりましてね」
「その言い方止めて。ただ、宣伝して貰ってるだけだから。君達もタピオカ、どう? たかさごで出してる良い茶葉使ってるんだよ。一杯400円から」
「要らないわ。何か夏祭りっぽくないし。儲かってるの? そのミズショウバイ」
「さっきから君達、俺に当たり強くない? ......割と儲かってるけど。臨時収入ウマウマ」
代金入れの箱を見ながらニマニマと笑うマスター。生々しくて何かヤダ。
「買わないならさっさと散れなのです」
「あ、ソレンヌちゃん、もう結構稼いだし、二人と遊んできてくれて良いよ。俺は此処でゆっくりしてるから」
「は? ......いや、別に夏祭りなんか、興味ないのですが」
「行くわよ、ソビエト」
「綿飴食いに行くぞソ連」
「あ、ちょ、引っ張るななのです! おいこら! 話聞け! シベリア送りやぞなのです!」
俺とアーデルはソ連の腕を引っ張り、綿飴屋へと直行した。
「フワフワしてて美味しいわ」
「一本100円って安いようで普通に高いよな」
「原価安そうですもんね。良い商売なのです。たかさごにも取り入れましょうかね。......はむはむ」
好き勝手言いながら綿飴を食む俺達。確かに砂糖の代わりに綿飴を出すと良いサービスになるかもしれない。問題は綿飴を作る機械をどうするか、ということか。
「てか、何でバイトのソ連が経営について色々考えてんだよ」
「アイツ、商才無いから私が色々考えてやらないといけないのです。夏祭りへの出店を決めたのも私なのです」
「もうそれ、ソビエトがたかさごを乗っ取れるんじゃない?」
「たかさごが株式会社なら、マスターは確実に株主総会で辞めさせられてるだろうな」
「既に私、あのカフェの出納と経営を司っているので実質的に乗っ取っているのです。マスターはスイーツを作る力とコーヒー豆や茶葉を選ぶセンスだけはあるので雇ってやってるのです」
ソ連とマスターの立場が入れ替わりつつあるのは知っていたが、まさか其処まで事態は進んでいたのか......。
「ねえ、ケイ。私、次は金魚すくいがしたいわ」
「......お前ん家、水槽あんの?」
「あっ」
「金魚殺す気か」
「ウチ、水槽ありますよ。良ければ、私が持って帰って後日渡しましょうか」
ソ連の提案に俺とアーデルはコクコクと頷いた。
⭐︎
「意外と取れるものね、これ」
3匹の金魚が中で泳ぐ袋を持ちながらアーデルは満足げに笑った。金魚すくいは日本発祥。ドイツでする機会はまず無かっただろうが、アーデルのポイ捌きは中々だった。
「けっ。私へのあてつけですか? お前の名前は『マジノ』ですよ。これから宜しくなのですマジノ」
全く、取ることが出来なかったソ連は最低保証で貰った一匹の黒い金魚にそう言った。
「迂回されてそうな名前だな」
「じゃあ、私はこの白い子を『アルデンヌ』、黒い子を『コンピエーニュ』、赤い子を『バルバロッサ』と名付けるわ【注釈1】」
「フランス、フランス、ソ連じゃねえですか! もっと他にあったでしょう! 私はロシア人じゃねえのです!」
『30分後に花火の打ち上げを開始します。通行の邪魔にならない場所にてお待ち下さい』
突如、そんな放送が夏祭り会場に響いた。
「おー、もう花火の時間かあ」
「移動する?」
「そうだな。チョコバナナでも買ってから移動するか。ソ連は......居ねえっ!?」
今の今まで俺の横に居たソ連は俺とアーデルが目を逸らした一瞬のうちに人混みに紛れて姿を消してしまった。
「ドイツの電撃戦も顔負けのスピードだったわね。仕事に戻ったのかしら」
「......花火はマスターと二人きりで見たかったんじゃないか」
「あり得そうね」
苦笑するアーデルに俺はピトッと体を寄せた。
「俺達も二人きりになった訳だし、イチャイチャしながら行くか」
「暑い。離れて」
「嫌です。最近、アーデルとベタベタしてなかったからアーデリウムが足りてないんだよ」
「何その原子番号102くらいにありそうな物質」
「極めて中毒性の高い快楽物質。アーデルとの接触でしか摂取出来ないの。今の俺はそれの禁断症状」
アーデルは面倒臭そうな、如何にも嫌そうな表情で俺にジト目を送ると溜息を吐いた。
「だからって、私、汗とかかいてるし。くっ付かれるのは嫌」
そう言うと、アーデルは突如俺の頭を両手で左右からガッチリと固定すると物凄い速さで俺の口にキスをしてきた。
「んううううううう!?」
モゴモゴと暴れるが頭彼女の手に固定され、足も彼女の足を絡められて上手く動けない。公衆の面前で恐ろしく濃厚なキスをされ続け、俺の頭と視界は真っ白になる。
「はあ......これでアーデリウムはたくさん取れたでしょ。離れて」
「ひゃ、ひゃい」
大胆過ぎるアーデルの行動を受け、俺は呂律も怪しくなり、フワフワとした浮遊感を感じていた。明らかにアーデリウムの過剰摂取だ。
「世話が焼けるわね。......あ」
やっちまった、とでも言うかのような声をアーデルが漏らす。依然として催眠にかかったような状態の俺は体をフラつかせながらアーデルの視線の先を見た。
「あ、アーデル。......思わぬ所で出会いましたネ。ケイさん、お久しぶりデス」
其処にはアーデルの姉、アデーレが居た。
「ね、姉さ」
「わ、私もちょっと日本のお祭りに興味があってきたんデスよ。そ、その、お二人の邪魔をしたら悪いので去りますネ」
「待って、姉さん! 見てたわよね!? ねえっ!?」
「み、見てないデス! 失礼しマシタ!」
「姉さ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!」
【注釈1】
マジノ線:ドイツ・フランス国境にあったフランスの要塞線。
アルデンヌの森:第二次世界大戦でドイツ軍がフランスに浸透するときに通った森。
コンピエーニュ:第一次、第二次世界大戦の停戦協定が結ばれた場所。
バルバロッサ(赤髭王):神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世の異名。第二次世界大戦おけるドイツ軍の対ソ侵攻作戦のコードネーム




