54 願い
二礼二拍手一礼をし、祈願をする。日は既に暮れかけており、夕日に照らされた神社は形容のし難い神々しさを放っていた。
「アーデル」
参拝を終え、お札を買うための列に並んでいた俺は彼女の名前を呼んだ。
「何」
「宗教観があやふやな日本と、ドイツは違うだろ。神社に参拝とか、抵抗無かったのか?」
「無いわ。私、無宗教だし。願いを叶えてくれるなら何処の神様でも良いわよ」
俺は『ふ〜ん』と頷きながら相槌を打つ。ヨーロッパはキリスト教の影響で宗教観がしっかりしているイメージだったが、意外と緩い人も多いのだろうか。
『何処の神様でも良い』という多神教的な感覚を含んだ言葉を発していることから察するに、彼女の両親が元々日本在住だったことが関係しているやもしれぬが。
「私も無宗教でその辺緩いので大丈夫なのです」
「お前はほぼ日本人だから心配してない。てか、共産主義って無神論じゃなかったっけ」
「予想外なところからソ連に繋げられて唖然としたのです......」
「ソレンヌちゃん、何をお願いしたの? 因みに俺は商売繁盛」
それビリケンさんのところでやっただろ、というツッコミを入れようか迷う。
「たかさごからの独立。民族自決」
「止めてっ!?」
「ソビエトなら普通に出来そうよね」
「アーデルちゃんまでそんなこと言わないでっ!? たかさごはソレンヌちゃんの萌えと、俺の高品質な商品を提供する力が合わさってやっと、成り立ってるんだからね!」
「じゃあ、アンタより腕の良いマスターのところに行きたいのです」
マスターが撃沈した。
「先輩は何をお願いしたんですか?」
「俺? 俺はほら、アレよ。......この日常が続いて欲しい、みたいな?」
若干、気恥ずかしくなり、俺は顔を逸らす。
「先輩の癖にかなり真面目ですね。後、顔赤いですよ」
「そういう月見里は何願ったんだよ」
「先輩を手に入れられますようにって」
「お前、かなり開き直ってるだろ」
「えへへ......」
非常に反応に困るので止めて欲しい。まだ、彼女からの告白については気持ちの整理もきちんと付いていないのだから。
「んで、アーデルは?」
「......恥ずかしい」
「悩殺してやる! とか言いながら、裸体を見せてくるお前に恥ずかしいとかいう感情あったんだな」
「あるわよ。あの後、恥ずかしいって言って体隠してたでしょ」
「あ、そっか」
「待ってください。何ですかそのエピソード」
「「あ」」
俺とアーデルは月見里から目を逸らす。マスターとソ連は聞かなかったことにしたらしく別の方向を向いた。
「兎に角、教えろよ。お前の願い」
「......ヤダ」
「お前がそこまで拒否するのも珍しいな」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの。また、気が向いたら教えてあげるから」
溜息を吐き、空を見上げるアーデル。そんな彼女の横顔は妙に色っぽかった。既に日は暮れて、星が光っている。長いようで短かった帰省も終わる。そう考えると、不思議と涙が出てきそうになった。
「アーデル」
「何」
「楽しかったか?」
「そこそこね」
「そか」
この退屈しない、日々変わり続ける日常が続くことを願わずにはいられない。
⭐︎
「それじゃ、またね、渓。アーデルハイドさんも来てくれてありがとう。大したおもてなしも出来なかったけど」
「いえいえ、お母様の唐揚げ、とても美味しかったですよ。早速、帰ったら教えて頂いた唐揚げ作ります」
「帰っても、渓と仲良くしてやって下さい。お願いします」
「はい。ケイのことは任せて下さい」
相変わらず、敬語を使うアーデルを見ていると『誰だよお前』と言いたくなる。
「じゃあな。新幹線の都合があるから早めに出る」
そんな風に俺達は二日間世話になった二人に礼を言い、新大阪へと向かった。京都から一旦家まで帰って、また新大阪は中々にキツイものがある。眠たい。
「ケイ」
疲労からくる眠気に襲われながら帰りの新幹線に揺られていると、アーデルが肩を叩いてきた。
「......何や」
欠伸をしながら俺はそう返す。
「私が神社で願ったこと、教えてあげようかなって」
「教えて」
コクリと頷き、アーデルは口を俺の耳元に近付けた。彼女の息が耳に掛かり、体がゾワゾワする。
「ずっと、貴方と一緒に居たいって、そうお願いしたの」
「っ......!?」
「ほら、眠いなら肩貸すわよ」
「寝れるか」




