46 壁ドン
「え? それ良い案ねって」
「違う。それよりちょっと前」
「確かにドイツに彼氏が居るのは事実だし、って奴?」
何食わぬ顔でそんなことを言うアーデル。彼女は俺が何に反応しているのか、分からないといった様子で首を傾げた。
「彼氏っておま、へ? 何言って......」
「別に変なことは言ってないでしょう。私と貴方は付き合っている訳じゃないのだから」
頭の中が真っ白になる。彼氏? 彼氏ってアレ? 恋人というか、伴侶というか、ツレというか、ダーリンというか、あの彼氏?
「そそう、だな。別に変なことは言ってないな......」
気づけば俺は膝から崩れ落ちていた。頭の中が真っ白になる。
「ケイ」
ポツポツと人の行き交う道のど真ん中で力なく地面に座り込んだ俺の名前をアーデルが呼ぶ。
「......ん」
俺は力なく彼女の顔を見た。
「Lüge」
「へ?」
「嘘」
「は?」
「冗談。どんな反応するのか見てみたくって」
「・・・・」
俺は無言で立ち上がるとアーデルの手を引っ張って、人気のない通りまで連れていった。
「何のつもり......? 怒っているなら謝るわ。ただ、貴方が私のことをどれくらい好きなのか試してみたくて」
俺はそんなことを言うアーデルを半泣きで抱き締めた。
「......よしよし」
アーデルはそんな俺の背中を優しくさする
「マジで怖かった。泣きそうだった。何かヤバかった」
物書きとは思えないレベルの語彙力で俺は自らの気持ちを表現する。
「因みに安心するのはまだ早いわよ。離して」
アーデルはそう言うと、俺にスマホの画面を見せて来た。其処には何やらドイツ語がびっしりと書かれている。
「へ?」
「これ、元クラスメイトの男子からのメッセージ。最近、日本に行った私を心配して色々、メッセージくれてたのよ。それで、夏休み入って直ぐくらいに貰ったメッセージがこれ。要約すると『俺達、恋人だよね?』って感じ」
涼しい顔で衝撃的なことを言うアーデル。俺の頭の上には疑問符が大量に立った。
「は!?」
「ドイツでは自然と距離が近くなって、恋人みたいな関係になってから相手の気持ちを聞き出すケースが多いのよ。私と彼が恋人みたいな関係になっているのかは分からないけれど。因みに返事は保留中」
「ほりゅっ......!? つまり、Jaと答える可能性もあるのか!?」
「だって彼、イケメンだし、今は進学校に通ってるみたいだし、運動もすこぶる出来て性格も素晴らしいし......。客観的に見ても貴方全敗だし。どうして私が彼より貴方を選ばないといけないの?」
心臓を握りつぶされたような、そんな感覚であった。精神が直接攻撃され、マイナス感情の塊にハグされているようだ。
「......グハァ......」
「ねえ、聞いてる? 何で私は彼より貴方を取らないといけないの? 別にこの場で彼に返事出しても良いのよ?」
俺を追い詰めるような彼女の言い方に俺は少し違和感を感じた。
「アーデル」
「何?」
「ハード過ぎるSMプレイ止めて貰って宜しいか?」
「......流石にバレるわよね」
アーデルはちょっと不満そうに舌打ちをする。
「マジでそのドイツ人の彼に乗り換える気で居るんだったら、お前、もっと悩んでるだろうしな。あまりにも衝撃的なことを言われたせいで、気付くの遅れたが」
「本当は『お前は俺の物だ! 誰が何と言おうと!』ってギュッて抱き締めて無理矢理キスするくらいまでを期待してたのよ? ヘタレなケイでも追い詰めたらそれくらいしてくれるかなって思って」
コイツ......。
「出来るわけないだろ! 俺、滅茶苦茶心弱いんだからな! 一瞬、マジで号泣しそうになったもん」
「......本当にごめんなさい。反省してるわ。ルドルフには既にNineって返事し終えてるから安心して」
ルドルフ......神聖ローマ帝国の皇帝と同じ名前か。
「でも、ルドルフ君が俺より優秀なのは本当なんだろ? 良いのか? 折角の優良物件を逃して」
「うん。私は貴方の方が良い」
その短い言葉を聞けただけで俺の傷付いた心は完全に回復した。
「あのさ、リベンジしたいからもう一回俺に迫ってくれないか?」
出来ることなら彼女の望みである『お前は俺の物だ!』って奴をやってやりたい。
「圧倒的に貴方より優秀な彼を差し置いて貴方を取らないといけない理由が何処にあるって言うの?」
俺の意図を理解した彼女はそう言って俺に迫ってくる。
「......何か、もう全部冗談だって分かってるから言えることだけどさ、そうやって罵倒されるのゾクゾクするな」
「貴方に俺様キャラを求めた私が間違っていたわ。ごめんなさい」
アーデルはこうなることは予想していましたよ、と言わんばかりに『はあ......』と溜息を吐く。
「あ、ま、待て! お、お前は俺の物だ! 別の男の所に行くのは許さん!」
「棒読みだし、壁ドンは何かハクリョクに欠ける。出直してこい」
そう言って俺は逆に壁ドンを仕掛けられた。
「ひゃうっ!?」
才能無いな俺。




