40 カレー
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その後、俺はアーデルに言われ、ダイニングへと移動した。
「はい、どうぞ」
アーデルが運んで来た料理は紛うことなき日本の国民食、カレー。先程から家に漂っていたスパイシーな香りはこれによる物だったらしい。
「何これ滅茶苦茶美味そう」
思わず俺の口から出たコメントは、そんな語彙力の欠片も感じられぬ言葉だった。
「カレールーが偶々、スーパーで目に入ってね。折角だし、作ってみようかと思ったの。ほら、食べて」
アーデルに勧められるがままに、ルーと白米を1:3程の割合で口へと運ぶ。
「......美味っ!? 待って、何これ!?」
その余りにも高いクオリティに驚きながら俺は何度もカレーを掬っては口に運んだ。ドロッとしたカレールーは甘味と旨味が凝縮された様な味わいで、今まで俺が食べたことの無い味だった。
「喜んで貰えた様ね。そのルー、ちゃんと人参も玉葱も入っているのよ。微塵切りにして、炒めまくってから煮込んだから完全に溶けきってるけど」
「ルーがドロっとしてて、深い味のする理由はそれか」
かなり煮込んだらしく、肉とじゃがいも以外、全ての具材が溶けきっている。というか、じゃがいもも原型を保っていない。辛過ぎず、甘過ぎず、辛さも丁度良い。
「ドイツにはカレーって、あまり無いのよね。私は両親が日本に長いこと居たから、家でも偶に出たけれど」
「そうなのか? カレーソーセージみたいなのもあるし、ドイツでも食べられてるのかと思ってたんだが」
「確かにCurrywurstはかなりポピュラーな食べ物だけど、カレー自体はあまり無いのよ。ヨーロッパ全体でも、カレーが一般的なのってイギリスくらいじゃないかしら」
アーデルはそう言って、自らの作ったカレーを口にした。小さくコクコクと頷いている。自分でも納得のいく味だったらしい。
「日本のカレーもイギリスカレーが源流らしいしな。やっぱり、イギリスでは食べられてるのか」
「ヴィクトリアならその辺詳しいかもね。......あ、忘れてた」
アーデルはスプーンを皿に置いてキッチンの方へ行くと冷蔵庫を開け、小皿を出して持ってきた。
小皿の上には大量のキャベツが乗っている。
「ザワークラウトよ。カレーの付け合わせにどうぞ」
「あー、福神漬けみたいな感覚か」
そう言えば、小学校の給食ではよくカレーとザワークラウトの組み合わせが出たなと思いつつ、俺はそのキャベツを口にした。
「んうっ!? 酸っぱ!?」
ザワークラウトなんて給食以外では食べることがなかった食べ物だが、こんなに酸っぱかっただろうか。
「酸味は苦手?」
「いや、梅干しとか普通に好きだし、酸味への耐性はそこそこある方なんだが。今のは不意打ちだった。ザワークラウトってこんな酸っぱいんだな。うん、旨い。カレーに合う」
梅干しの酸っぱさとはまた違う、ガツンッとした酸味には驚愕してしまった。ピクルスの味に近いだろうか。ザ・漬物って感じの味だ。
「それは良かった。結構な量、作っておいたからガンガン使って。冷蔵庫に瓶が入ってるわ」
「お、ダンケ。野菜不足しがちだからな。予め味の付いてて使いやすいザワークラウトはマジで助かる」
シャキシャキとザワークラウトを噛み、ルーとライスの境界線を少しずつ崩しながら、カレーを口に運ぶ。幸せだ。
「カレーも作り置きして、冷蔵庫に入れておいたわ。鍋で熱し直して食べて」
「お前、今日、泊まってくのか? 泊まってくなら丁度冷凍うどんあるし、明日の朝食はカレーうどんにしようかと思うんだが」
俺の問いにアーデルは唇の右端をキュッとあげて、親指を立てた。
「Ja. 楽しみにしてる。カレーうどん、食べたことないし」
「了解」
そんな会話を最後に、俺達は皿の中身が無くなるまで黙々と食事を続けた。
そして、お互いがご馳走様を言って食事を終えた瞬間
「ねえ」
という、アーデルの呼び掛けによって会話は再開された。
「うん?」
「もう一度だけ、お願いしても良いかしら?」
「何を」
俺が首を傾げると、アーデルは何時にも増して真剣な表情で
「昨日、お母様に何を言われたの?」
と、尋ねてきた。
俺は深呼吸をする。彼女には聞く権利がある、そう俺の直感が言った。
「......爺さんが死んだだろ。だから、もう神奈川に居る意味は無い。高校中退でも良いから、大阪に帰ってきて仕事を手伝え、だとさ」
俺は溜息を吐いて、頭を掻いた。何か気まずい。




