39 恋し合い
「ずっと、モヤモヤしていたのよ。でも、言えてスッキリしたわ。これも貴方が私を怒らせてくれたお陰ね」
言葉を失う俺に対してアーデルは顔色一つ変えずに、そう言う。
「ちょっと待ってくれ。マジで。頭の整理をだな......」
「待たない」
アーデルはそう言うと一気に俺を押し倒してきた。真下は硬い床だったが、アーデルが上手いこと支えてくれたので幸い、痛くはない。
「アーデル!?」
「貴方に押し倒されるのはシャクだとは言ったけれど、貴方を押し倒すのは悪くないわね。頭のおかしいドイツ人の小娘に好かれたのが貴方の運の尽きよ。恨むなら自分を恨みなさい」
俺の上で馬乗りになったアーデルはそのまま、俺の顔に自分の顔を近付けてきた。
「ちょっ......!」
慌てて彼女の拘束から逃れようにも圧倒的な力で腕までをも、地面に押さえ付けられて最早、身動き一つ俺は取れなかった。
「暴れても無駄。もう、抑えられないの。好きでなくても、私、見た目は良いでしょう。カンベンして。.......全部、貴方のせいだから」
そう言うとアーデルは無理矢理、俺に口付けをした。あまりに突然なのと、直ぐに彼女の唇が俺の唇から離れたため、何が起こったのかはよく分からなかったが。
「ファーストキスだったらごめんなさい。私もだから」
顔を真っ赤にしながら唇を手で拭うアーデル。俺の頭の中は混乱でいっぱいになった。しかし、それと同時に押し寄せてくる多幸感。
ヤバい。押し倒されて無理矢理キスされるこのシチュエーション、好き過ぎる。
「アーデル.......しゅき」
「堕ちたわね」
恍惚の表情を浮かべる俺にアーデルがそう呟く。無表情ではあるが、彼女は自分から滲み出る達成感や満足感を隠しきれてはいなかった。
「そんな言葉何処で覚えたんだお前」
「ケイの漫画で」
「うっわ、最悪。床下の倉庫に隠してたのに何で見つけてんだよ」
そもそも、床下の倉庫の存在自体、コイツには教えてなかったんだが。
「ドイツ人の勘?」
「何で疑問系なんだよ」
「まあ、ケイがイジョウセイヘキなのは前から知ってたから大して驚きもしなかったし、面白いとしか思わなかったから大丈夫よ」
「ア、ソウデスカ」
hentaiと言われるだけならまだしも、異常性癖と言われるほどの性癖は持っていない筈なのだが。
アーデルよ。ジャパニーズの性癖はまだまだ奥が深いのだぞ。
「というか、何で私達、こんな状況なのに何時も通りマンザイみたいな会話してるのよ」
「こんな状況って、アーデルが力で無理矢理俺を押し倒して襲ってるこの状況?」
「いや、間違ってはいないけど......。ごめんなさい」
アーデルは興奮が冷めたらしく、先程の上気した様子とは一転、落ち着いた様子で謝ってきた。
「いや、さっきのはただただ俺得だったから良いよ。ごめんな。俺もアーデルラブだったんだが、迷惑がられると思ってて......。ほら、お前に告白したら俺はお前の嫌いな学校の男子どもと同じになる訳だし」
釈明する俺にアーデルはジト目を向ける。
「半同居人で交流もあり過ぎるくらいらある貴方と、赤の他人で私のビジュアルだけを目当てに告白してくるヤロウドモの間にはベルリンの壁くらい分かりやすい線が引いてあるわよ。ばーか」
「......その『ばーか』もう一回言って欲しい」
渓君、キュンキュンしちゃいましたよ。
「黙れHentai」
「告白し合ったばかりなのに辛辣過ぎません? てか、好きな娘の『ばーか』を何度も聞きたいってのはデオキシリボ核酸に刻み付けられた人間の性なんだって」
「まあ、貴方に好きと言われるのは悪い気はしないけれど。というか、私は貴方に『好意を伝えただけで迷惑がる様な奴』って思われてたのが気に食わないわ」
「に、日本は慮りの文化なんだって。許して.......。後、一番初めに付き合ってって言ったのは正直言って9割時給up目当て」
組み敷かれながらそんなことを言う俺にアーデルはジト目を通り越して蔑視の視線を送る。
「そう。じゃあ、貴方とは死んでも付き合ってあげないわ」
「えええええ!? 俺達、お互い愛し合ってるのに!?」
「愛し合ってるって表現は何と無く重いから嫌。わざわざ付き合う必要なんて無い。恋し合い、くらいが私達には丁度だわ」
待って何その詩的な表現。好きなんだけど。アーデルさん、ドイツ人なのに日本人よりも日本語の使い方上手いの何なん? 詩人かよ。
「......まあ、そうだな。変に付き合うって、決めるより今までの感じの方が俺達は上手くいきそうだ。俺が彼氏とか、アーデルが彼女とか、想像出来ないし」
「そうでしょう? それじゃあ、一段落付いたところで夕食にしましょうか。今日は貴方との仲直りのために頑張ったのよ?」
「それは嬉しいんだが、待って。もうちょっとだけ、アーデルに組み敷かれてたい」
アーデルは呆れた様な、蔑むような視線を俺に向けてきた。




