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34 戦時


「ケイ、そろそろ始めるわよ」


 昼食を終え、一息ついている俺にアーデルは何やらワクワクしながら言った。


「何をだよ」


「いいから」


 アーデルは待ちきれない様子で俺の手を引っ張る。休憩所を出るとアーデルは外に置いていたシャベルを取って砂浜へと駆け出した。

 俺達はそのまま海に沿うように人気(ひとけ)の無い浜まで移動し、アーデルは海から離れた位置にリュックを置いた。


「此処なら迷惑も掛からなそうね。はい、ケイはこれ」


 そう言うとアーデルはリュックから取り出した小さなスコップを俺に手渡した。


「これで何をしろと?」


「穴を掘るのよ」


「は?」


「海といえば穴掘りってソウバが決まっているわ」


「決まってないが!?」


「折角、海に来たんだから穴を掘らなきゃ損よ」


「損じゃないが!? 何で海に来てやることが塹壕掘りなんだよ。今は戦時じゃないぞ」


 いや、確かに予想はしたけれども。マジで言ってんのかこの美少女。

 ドイツ人のDNAには塹壕掘りの本能が刻み込まれているとでも言うのか。いや、流石にこんなことを試みるのはドイツ人の中でもアーデルだけだろう。ドイツ人に失れ......


「ドイツ人の多くは夏になると自国だけではなく、オランダやデンマークのビーチに押し寄せて穴を掘るのよ」


 ドイツ人さん!?


「オランダとデンマークが哀れ過ぎる......」


「ほら、ケイ、早くして」


 俺は仕方なく、しゃがみ込んで手渡されたスコップで穴を掘り始める。確かにちょっと楽しい。


「あー! アーデルちゃんと五十六番だ!」


 一心不乱に穴を掘っていると、背後から声が聞こえてきた。蜂須賀の声だ。


「何やってんだよお前ら......」


 引き気味の北里の声もする。


「お、穴掘ってんのか!? 混ぜてくれ!」


「何で、そんなに、食い付いてるの......?」


 ルミと霊群の声もだ。そう言えばアイツらの姿を見ていなかったが、四人で行動していたのか。


「霊群も手伝ってくれ。素手で」


 走って穴へと近付いてきた霊群に俺は頼む。


「素手かよ。てか、この穴は何に使うんだ?」


「さあ? アーデルが掘りたいって言うから掘ってる。お前ら三人も掘らないか?」


「梓ちゃんは遠慮しとく」


「俺も」


「ごめん、私も」


 人気無いな、塹壕掘り。


「なあ、アーデル。一体、どこまで掘れば......」


「......」


 いや、めちゃくちゃ集中してるやん。話しかけづら。塹壕堀に命掛けてるやんこの娘。目を覚ませ。此処は神奈川で時代は令和だってば。


「マジで楽しいなこれ。爪の間に砂が入るのが若干、気になるけど」


「穴を掘った先に何があるって言うんだよ......」


「それは穴を掘った者にしか分からないわ」


 溜息混じりの北里の言葉に、今まで無言で穴を掘っていたアーデルが鋭い言葉を返した。


「そ、そうか。まあ、頑張れよ......」


「ナツマ、私、空腹」


 21世紀の日本で塹壕掘りを見せられ、困惑している北里の服をルミが引っ張る。


「そっか。じゃあ、そろそろ弁当にするか」


「うん」


 二人はそんな会話を交わすと、レジャーシートを砂浜に引き始めた。


「ということで俺達はお前らの穴掘りを観ながら弁当を食べるよ」


 北里はリュックから弁当を二つ取り出し、一つをルミに渡す。


「見せもんちゃうぞコラ。ってか、何? ルミティカちゃんの弁当、北里が作ったのか?」


「まあな」


「ナツマの、ご飯、美味しい」


 北里から弁当を受け取ったルミが嬉しそうに、弁当の具材を俺達に見せて言う。

 プチトマト、ハンバーグ、卵焼き、あの緑の野菜は小松菜か? 兎に角、彩りが良くシンプルに美味しそうな弁当だ。


「柴三郎君の弁当スゴ!? めっちゃ綺麗で可愛いじゃん! 梓ちゃん、こんなザ・王道な具材の入った弁当初めて見たかも」


 蜂須賀がその弁当を除いて驚いた様子で声を上げる。


「待て。何だ柴三郎って。俺のことじゃないよな?」


 北里がすかさずツッコミを入れる。


「え、君のことだけど? ほら、北里柴三郎って居るじゃん。新しいお札の人。苗字一緒だから渾名にしちゃおうと思って」


「......は?」


「悪いな北里。コイツは人を渾名でしか呼べない病気なんだ」


「......さしもの北里柴三郎でもその病気の原因菌は究明出来そうに無い」


 北里は苦笑しながらも、そんなジョークを返す。


「というか、貴方、私やソビエトのことは普通に名前で呼ぶじゃない、何で?」


「アーデルちゃん達、本名がそもそも日本人からしたら渾名っぽいんだもん。ルミティカちゃんは語呂が良いから別枠」


「......成る程」


 アーデルは若干、残念そうに頷く。


「何だよ。渾名欲しいのか?」


 俺の問いにアーデルはコクリと頷く。

 アーデルの渾名、何が良いだろうか。アーデルと言ったら何だ? ドイツ? ヴルスト? 可愛い?


「......ヤバい。全然、思い付かん」


 全ての面において尖り過ぎてて、逆にこれといった特徴が無いんだよアーデル。


「穴に埋めるわよ?」


「こええよ。別にええやん。アーデルはアーデルで。アーデルも実際、アーデルハイドの省略なんだから渾名みたいなもんだろ」


「納得いかないわ」


「代わりにいっぱいアーデルって呼んでやるから。アーデル、アーデル、アーデル、アーデル、アーデ......」


「待って。分かったから。それ以上、呼ばないで」


 珍しくアーデルが声を張り上げてそう言った。


「え?」


「流石に名前をレンコされるのはむず痒いというか、恥ずかしいわ。もう、アーデルで良いから」


「悪い。アーデルがアーデル、アーデルって何度も言われるのが恥ずかしいなんて想像つかなくてな。アーデルに悪いことした。ごめんな、アーデル」


「話聞いてた? 五アーデルもしたわよ今」


 待て、何だその意味わからん単位は。ヤード・ポンド法の方がまだ使うぞ。現にジョン先生使ってるしな。


「はい、終わり! イチャつくのは二人だけの時にしろっつったろ!」


 霊群が俺とアーデルの会話に割って入り、そう言った。


「じゃれてただけよ」


「お前のじゃれあいを見せられてる俺達の気分にもなってみろ!」


「そーだ! そーだ!」


 そんな批判をしてくる霊群と蜂須賀に俺は指を差す。


「あっち向いてホイ」


 そして、その指をルミと北里の方へと向けた。


「これ、ナツマの、方に入ってない......」


「ああ、丁度ルミの分しか無かったんだよ」


「じゃあ、一口、あげる。口開けて」


「え? あ、うん。あーん」


 北里は周囲の目を気にしつつも、ルミの箸に掴まれた料理を口にした。


「アレをイチャついているって言うんだ。リア充警察はまず、あっちを解決しろ。俺はアーデルに焼きそばあーんして貰えなかったぞ」


「いや、あんなものあーんしたら口周りがソースでベッタベタになるわよ......」


 アーデルは極めて冷静な意見を述べる。『ベッタベタになるわよ』のアクセントが完全に関西弁のそれで俺は少し感動した。


「ルミティカちゃん! 柴三郎君! イチャつき過ぎ!」


「相手のいない俺達の前でイチャつくとは良い度胸だな?」


 というか、霊群も不知火先輩という相手が居るので本当に相手が居ないのは蜂須賀なんだよな。


 いや、この感じだと俺には相手が居るみたいになっているが、俺も蜂須賀と一緒だからな。勘違いすんなよ俺。アーデルはあくまでただの友人だ。


 というか、彼女に恋愛感情を抱いたら......いや、もう抱きまくっているが、それを表に出したら、学校の男達と同じになってしまう。そんな事態は絶対に避けなくてはならないのだ。


「ケイ、そんなに難しい顔してどうかしたの? 具合でも悪い?」


「ナイン。大丈夫」


「そう。少しでも体調が悪くなったら言って。熱中症になってからじゃ遅いから」


 でも、アーデル、優しくて可愛いんだよなあ。


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