33 目のやり場に困る
「......なあ」
焼きそばの屋台を探しながら俺はアーデルに声を掛けた。
「何」
「お前の水着、目のやり場に困るんだけど」
「別に際どい水着を着ている訳でもないのだし、目を逸らす必要は無いでしょう」
「いやまあ、うん、それはそうなんだけどさ」
確かにアーデルの水着の肌の露出は多くない。一般的か、それ以上の布面積だ。
が、女子の水着なんぞ二次元以外ではスク水くらいしか見たことのない思春期真っ盛りの童貞男子高校生の俺にとってアーデルの水着姿は最早、裸と何ら変わらない程の破壊力を持っていた。
俺の場合、彼女のヘソや足にもフェティシズム的なエロさを感じてしまっているためそれも俺がアーデルの水着を見ることに対して背徳感を感じてしまっている理由の一つなのだろう。全く、HENTAIも楽じゃないぜ。何なら、一周回って布面積の多い水着もそれはそれでエロく感じるし。ああ、駄目だ。落ち着け俺。
先程はヴィクトリアや井立田が居たからまだマシだったものの、アーデルと二人になってからは彼女の水着姿を意識し過ぎてしまい、色々とヤバい。
「......ヘンタイ」
「何で!?」
いや、間違ってはいない。間違ってはいないので否定は出来ないのだが、今の会話はヘンタイ要素どう考えても無かったやろ......。
「どうせ、またフェチが暴走して頭がボンノウまみれになっているんでしょう。何と無く分かるわ」
「めっちゃバレてた!?」
エスパーかよコイツ。思考が筒抜け過ぎてビビったわ。
「最近、分かってきたのよ。貴方の頭がボンノウに支配されている瞬間が。ケイって私がニーソックスを脱ぐときとか、分かりやすく目を逸らしているじゃない。アレと一緒なんでしょう?」
「バレてた!?」
ヤバい。詰んだ。アーデルがニーソ脱ぐ時とか敢えて意識していない風を装って、普通に話しかけたりしてたのに。
「貴方がヘンタイなのは元から知っているから、別にどうとも思っていなかったけれど。......というか、そもそも貴方、前からおぎゃらせろだの、自分は脚フェチだのとヘンタイ宣言していたじゃない」
「いや、ニーソ脱ぎはまたちょっと別。本当に興奮を覚えるレベルの性癖だから、バレたらちょっと恥ずかしい」
「そのよく分からない感覚、ガチっぽさがあってキモいわね......」
アーデルは蔑むような視線を俺へと送る。
「ヤバい。その視線も性癖に刺さった」
「そう」
アーデルはお家芸とも言える塩過ぎる相槌で俺の戯言をスルーする。
「ああー、何かアーデルの水着から目を逸らすの馬鹿らしくなってきたな。折角、今しか見れないんだし、ガン見しとこ」
吹っ切れた俺はそう言うと、アーデルの水着を舐め回すよう見つめた。
「私の身体、そんなに見る所無いと思うのだけれど。全体的に柔らかみのない身体だし。胸もヒンソウで。......ごめんなさい。これはあくまでイッパンロンよ。分かっているわ。貴方だものね」
優しく俺への理解を示してくれるアーデル。何だろう。ちょっと、嬉しい。
「俺は生粋のジャパニーズヘンタイだからな。......焼きそば屋、見えてきたぞ」
海の家の周辺に建てられた飲食物を提供する屋台の中にデカデカと『焼きそば』と書かれたのぼり旗のある店があった。
「早く行きましょう」
「アーデル、焼きそば食べたことなかったっけ?」
「ええ。ソースの味は分かるけれど、焼きそば自体の味は知らないわ」
「俺、密かにアーデルの味覚を関西人風にしてやろう計画してるからソース焼きそばもアーデルの口に合うと思うぞ」
「何それ初耳なのだけれど。もしかして、貴方が料理すると粉物ばかり作るのって......」
あ、気付かれた。
「アーデルには関東の味覚に染まってほしく無いからな」
「此処関東だけど、そんな関東人全員を敵に回すようなこと言って大丈夫?」
「だって、関東人ってお好み焼きで白ご飯食えないんだぜ?」
「......それは愚かしいわね」
アーデルは真顔でそんなことを言う。これは完全に大阪の舌になってますわ。
「焼きそば二つ、お願いします」
俺は焼きそばの屋台のおっちゃんにそう頼み、プラスチックのパックに予め詰められていた焼きそばを受け取った。1パック500円という値段に思わず、『家で作ったら......』と言ってしまいそうになるが、まあ仕方がない。
俺達は海の家の休憩所へと移動し、椅子に座って焼きそばを食べることにした。
「それにしても高いわね。家で作ったらもっと野菜を入れて、もっと量が作れると思うわ」
椅子に腰掛けて一息ついたアーデルはそんな風にボヤいた。
「おま、無粋だからって俺が敢えて言わなかったことを言うなよ......」
「まあ、この炎天下の屋台で焼きそばを焼いて売る労力を考えたらこの値段も分からなくも無いけれど。食べるわよ」
アーデルはパックを閉じていた輪ゴムを取り、割り箸を割って、ズルズルと焼きそばを啜った。
「凄い勢いだな」
「かなり泳いだからお腹が空いていたのよ。美味しいわね。ソースと麺の絡み具合や、散らされている紅生姜とソースの相性が抜群だわ」
「紅生姜好きとはお前通だな。今度、大阪に行ったら紅生姜天を食わせてやろう」
神奈川にきて初めて知ったが、紅生姜天は関西特有の食べ物らしい。かなり塩味が効いており、少し辛いあの天ぷらはハマる人はハマる。アーデルもきっと気にいる筈だ。
「え、何? 私、貴方と大阪に行くの?」
「いや、あの、将来的な話な。アーデルも京都とか観光したいだろ? いつか、アーデルが関西の方に行くことになったら案内したいと思って」
といっても、中学生の行動範囲なんて狭いもの。基本的に京都の河原町周辺と大阪市、後は地元である吹田周辺しか知らないが。
「この夏行きたい」
「え?」
「来年にはケイは受験生でしょ。今年の夏が一番、行くには最適なタイミングだと思うわ。ケイ、オボンに帰るんでしょ? 連れてって」
「ソ連も来るらしいから、それでも良いなら」
「勿論、構わないわ。というか、ソビエトは何しに行きたいのよ」
「太陽の塔見たいんだって。フランス人の美的本能が見たいと叫んでるんじゃねえの?」
「あ、確かに私も太陽の塔はみたいかも」
アーデルが思い出したように言う。外国人に人気なのだろうか。太陽の塔って。
「んじゃ、決まりな。次の盆、関西を堪能しようじゃないか」
「ほうね」
焼きそばをズルズルッと啜りながらアーデルは頷く。
「食べながら喋るな。後、お前、凄い短期間で箸も麺啜りも習得したよな」
「箸はドイツでも偶に使っていたし、麺を啜るのも最初はテイコウがあったけれど直ぐに慣れたわ。何より、日本の麺類はフォークとスプーンで少しずつ食べるより箸でズルっといった方が美味しいし」
予想以上ジャパナイズされていらっしゃる。日本人としては嬉しい限りだが。
「ドイツに帰ってからスープズルズル啜んなよ?」
「それは確かに気を付けないとね。......まあ、当分、向こうに帰る予定は無いから問題無いわ」
「そりゃ、良かった」
まあ、数カ月の転勤で引っ越してくる筈は無いし、少なくとも2〜3年は此方に居てくれるだろう。居てくれるよな?
「嬉しいの?」
「まあな。お前居ないとつまらん」
「十分、周りに個性豊かな人が居るじゃない」
「誰もお前の代わりは無理だよ。アイツらの中に人の家に不法侵入する奴は居ない」
「もしかして、口説いてる?」
「貶してんだよアホ」
「アホとは何よ、フラチモノ」
「待てアーデル。何処でそんな単語覚えてきたんだお前は」
いつまでもアーデルと付き合っていきたい。そんな考えが過ぎるひと時であった。




