30 ご機嫌良くない
駅のホームに着いた俺達は待ち合わせ場所であるパン屋の前に行ったものの、アイツらの姿は見られない。
スマホのホームボタンを押して時間を確認すると、まだ待ち合わせの時間より20分も早いことが分かった。
「少し、早く来過ぎましたね」
月見里が微笑を浮かべながら言う。
「......はむ。ほうね、もうふこひおほくへもよかっはわ」
パンを食みながらアーデルが頷く。
「いや、食いながら話すな。聞こえん。そして、何時の間に買ったんだよそのパン」
「そうね。もう少し遅くても良かったわ、と言ったの。このパンは待ち合わせの目印に使わせて貰うのだから少しくらい売り上げに貢献しなくてはと思って、ついさっき買ったわ。美味しいわよ。要る?」
「遠慮しとく。朝ごはんは食べてきたから」
「そう」
「というか、フォーゲルさんのその大きなシャベルは何なんですか?」
月見里がアーデルに聞く。
「秘密。直に分かるわ」
「そうですか」
「塹壕でも掘るつもりじゃないだろうな」
俺はそんな風に茶化す。コイツなら本当にやりかねないんだよな。海に行けば分かるらしいので素直に正解を待つことにしよう。
それから十数分後の列車に乗って続々とメンバーが集まってきた。
「ハローアーデルちゃん! それにマヒマヒちゃんに囚人番号56番!」
まず、最初にこちらへ走って向かってきたのは蜂須賀。突如、アーデルにハグをしてアーデルを困らせている。
「誰がマヒマヒですか」
「誰が囚人やねん」
俺達がツッコんでいる間にも霊群、北里、井立田、ルミ、とメンバーが集まって来た。
「全員揃ったみたいだし、うっしゃ! 行きますか!」
ノリノリでそう言う井立田に俺が待ったを掛ける。
「いや、まだ一人来てないだろ.......。パツキン腐女子お嬢様言葉ブリティッシュが」
「あ」
井立田が思わず声を漏らす。いや、何やかんや言って一番仲良いんだからそこは忘れてやんなよ。
「ルカ、酷い、心がない、惨い、ヒジンドウテキ、サンタンたる有様」
ルミがポロリと言葉を漏らす。惨憺たる有り様......言葉選びのセンスどうなってんだ。
「そこまで言う!? おい、柴三郎! ルミに変な言葉覚えさせんな!」
「いや、俺じゃないから。ルミが自発的に覚えた言葉だから」
「夏休み、たくさん勉強をしている。だから、色々話せる」
少し、得意げな様子のルミに対して蜂須賀が抱きついた。
「ああああああああああああああああ! 可愛い! 日本語頑張って勉強してるルミティカちゃん尊い!」
「アズサ、キツい」
「グボオッ!? ご、ごめん!」
恐らく『体が抱きしめられてキツい』という意味で使ったであろうルミの『キツい』を蜂須賀が別の意味で解釈してて大ダメージ受けている。おもしろ。
「ヴィクトリア、来るなら次の電車かしら」
「だろうな。誰も遅れるみたいな連絡は受けてないみたいだし」
そんな茶番をする連中がいる中、アーデルと霊群は冷静にそんなことを話していた。
「一応、電話かけてみるわ」
俺はそう言うと、初めて会った時に教えて貰った彼女の電話番号に電話を掛けた。
『もしもし?』
めっちゃネイティブなもしもしが返ってきた。Hello? じゃ、ないんだな。
『俺』
『オレオレ詐欺なら間に合ってます』
『いや、マジで俺だって。声で気付けるだろ』
『いや、本当に分からないんですが。番号もよく分からないし』
『いやお前、俺の電話番号登録しいや!? 交換したやろ!?』
『あ、そのツッコミと関西弁で分かりましたわ。貴方、五六ですわね? 電話越しだと印象がかなり違って分からなかったわ。ご機嫌よう?』
『いや、ご機嫌良くないし、取ってつけたようなお嬢様言葉止めろ。お前、まだかよ?』
『まだ?』
『いや、海だよ海。とっくに約束の時間過ぎてるぞ』
『あ、忘れてた。ちょっ、ちょっと待って!? 今、急いで行......』
彼女が言い終わる前に俺は耳からスマホを外した。電話の切れた事を示す電子音が鳴りはしたが直ぐに駅の喧騒に掻き消される。
「駅の土産物屋にでも行って時間潰すか」
俺の言葉に既に状況を悟っていた皆は静かに頷いた。




