29 電車
ガチャガチャ、ガチャリと玄関の扉の開く音がする。
「ケイ、準備終わった?」
そして、聞き慣れた彼女の声が聞こえてくる。
「おう、終わった。悪いな。迎えにきてくれたのか。......後、俺の在宅中に合鍵を使うんじゃありません」
「はいはい。準備終わったなら行くわよ」
何か軽くあしらわれた。
「いや、行くのは良いんだけどさ.......。何それ」
俺はアーデルが縦に持つ、畑仕事でもするのかと思わせる程大きなシャベルに指を指して聞いた。
「何って、シャベルだけれど」
「そういうことやない。用途を聞いてんねん用途を」
「......秘密」
「いや、そんな口に指当てて可愛く言われましても。女の子からシャベルの用途を秘密にされた時って、どんな反応すれば良いん?」
まあ、恐らく、デカイ砂の城でも作る気なのだろう。コイツのことだから『ノイシュヴァンシュタイン城よ』とか言って、愛国心アピールしてきそうだな。
⭐︎
アーデルと共に家を出てから、徒歩で20分程歩き、最寄りの駅へと辿り着いた。現地の駅集合なので、俺達二人だけで電車には乗ることになる。
「アーデルと一緒に電車に乗るのって何気に初めてだな」
駅のホームで電車が来るのを待ちながら、ふとアーデルにそう言った。今日の彼女は潮風に当たることを嫌ってか、ディアンドルではなく紺を基調とした涼し気なワンピースを着こなしている。
似合うなあ。可愛いなあ。これは前みたいに、ナンパされるフラグだなあ。でも、コイツのことだから返り討ちにするんだろうなあ。
そんな感想や推測を頭の中で述べつつも、俺の目線は常にアーデルに向けられていた。
「ええ」
夏にぴったりなクールな返答をするアーデル。たとえ話が広がらなくても涼しくて良いじゃないか。
そんなことを思いながら、やってきた快速列車へと乗車した。運良く、席が空いていたため二人で座りながら、気持ちの良い揺れに身を任せる。何だか眠たくなってきた。
「ちょっと早めの電車だが、月見里なら案外この電車に乗ってるかもな。アイツ、クソ真面目だから早めの電車に乗るだろうし」
「......貴方、最近、マヒルの話ばっかりしてるわね」
「そりゃ、可愛い後輩だしな。後、月見里って謎の庇護欲湧くんだよ」
「私も可愛い後輩だし、庇護欲が湧くでしょう」
「お前、後輩って感じじゃないし完全無欠過ぎて庇護欲湧かん。ていうか、庇護して欲しい」
「ケイ、甘えて良いのよ?」
「アーデルママア」
「「.......ぷっ」」
流れるような意味不明な会話に二人とも軽く吹いてしまった。
「.......何、やってるんですか貴方達」
すると、聞き覚えのある声が真横から聞こえた。
「「え」」
俺とアーデルの漏らした声が重なる。驚いて声のした方を見ると、其処には例の生真面目ダウナー地味子、月見里が座っていた。
「何時から居たんだ!?」
「先輩達が座ってくる前からですが」
「何故、話しかけてこなかったの?」
「......何というか、御二人の仲が良すぎて話しかけ難くて」
最初から居たのに気づけなかったとは。俺達が鈍感なのか、月見里の影が薄いのか、一体どちらなのだろう。
「てか、月見里の横で月見里の話してたのか。きまず。アーデルも月見里の横で月見里に妬いてたし」
「やく?」
「嫉妬するってこと」
「いや、してないから。ただ、本当にマヒルが愛されてるんだなって思っただけ」
「な......」
紺色のワンピースのアーデルと対称的に白のワンピースを着ている月見里がその言葉に頬を紅く染める。
月見里も似合っているのだが、一つ言うならば月見里の幼い顔と小さな体、それのせいでロリ感がマシマシになっており、犯罪臭が少し漂っている。
「こっちはちょっと、見張りつけた方が良いかもな」
「え?」
「いや、こっちの話だから気にすんな」
後でアーデルにでも頼もう。
「いや、人の服ジロジロ見ておきながら何ですかそれ。え? 見張り? 見張られるん私?」
分かりやすく困惑する月見里。てか、視線バレてたのかよ。怖。
「いや、月見里の服、似合ってんなと思って」
「嬉しいですけど話を逸らされた感が否めなくて消化不良です」
ジト目を向けてくる月見里に対して笑っていると、アーデルがちょんちょんと頬を突いてきた。
「何」
「貴方、さっき私の服も見てたでしょう。何か無いの。感想とか」
「いや、うん。いつも通り似合ってるし可愛いと思う。てか、アーデルならどんな服でも似合う気がする」
「そういう抽象的な感想じゃなくてもっと具体的に言って」
これがめんどくさ可愛いという奴かと思いながらアーデルの服についての批評を考えていると、電車内にアナウンスが流れた。駅への到着を知らせるアナウンスだ。
「降りなきゃな。行くぞ」
「ちょ、具体的な感想をまだ貰っていないわ」
そんなことを言うアーデルを置いて、俺は降車した。......改めて、具体的に感想言うとか恥ずかしすぎる。許せ、アーデルハイド。




