26 寿司
「兎に角、月見里の退院と復帰に乾杯!」
「「乾杯」」
「あ、ありがとうございます」
部活を終えた後、都合が合った俺とアーデル、そしてソ連は近所の回転寿司に行き、ジュースで乾杯をした。月見里の退院&復帰祝いだ。
勿論、月見里は部長である俺の奢りで。回転寿司くらいなら一応、日頃のバイト代から出せる。
「ビールとワインの無いニチジョウにも慣れてきたわ」
そんなことを言いながら、アーデルはジンジャーエールに口を付ける。
「アルコールを取り上げられて半年のオッサンみたいなこと言うななのです。……あ、イクラ行っちゃった」
「あはは。流石、ドイツの方ですね」
月見里が苦笑する。
「こら、アーデル。今日は月見里が主役なんだから主役よりも目立とうとするんじゃありません。ソ連はその特徴的な喋り方を止めなさい。月見里の地味な話し方も相まって目立ってるんだよ」
「それ、先輩が一番、失礼なことを言ってる自覚あります?」
青筋を立てながらそう言う彼女の表情は笑っていなかった。
「あ、あははは、皆は何のネタが好き? 因みに俺はえんがわ」
「話の変え方が露骨なんですよ。全く……。私は炙りチーズサーモンですかね」
「私はやはり、王道のトロね」
「イクラなのです」
「イクラって確か、ロシア語だったよな……?」
ソレンヌ・アフリア=ソビエトロシアの公式が建ってしまったな。はい、建国終了USSR。
「何でもかんでもソ連に繋げるなです。私はちゃんと西側です」
ちゃんと西側とかいうパワーワード。
「それにしても、あの有っても無くても変わらないような小さな部活がよくもまあ私が居ない内にあんなに大きくなりましたね......。驚きましたよ」
月見里が溜息を吐きながらそう言った。特に今日は岬川勢も来てたからな。余計、騒がしく感じたのだろう。
「マヒルはかなり前からケイを知っているのよね? 昔のケイはどうだった?」
アーデルの質問に月見里は首を傾げながら考え込む。
「う~ん。昔って言っても私もそこまで先輩との付き合いは長くないんですけど、まあまあ、優しかったですよ。うん」
「まあまあてお前」
「というか、付き合いならアフリア先輩の方が長いと思います」
月見里の言葉にアーデルの視線はソ連に注がれた。
「ちょ、私に聞かれても昔のコイツのことなんて覚えてねえですよ」
「え、ちょっと待って。それはそれで悲しいんだけど」
ソ連は高校生生活において最も古い友人だ。その友人に覚えてねえと言われるとは……。
「何か初めの方は今より陰気な感じだった覚えがありますね。無口でつまんねえ奴だったイメージです。今の性格に近づいて来たのは、真昼やハイジと出会ってからじゃねえですか?」
「まあ、初めの方は爺さんの介護とか色々あったからな……」
こう言っちゃ、爺さんに悪いが爺さんが亡くなってからは幾らか心に余裕が出来た気がする。
「ああ、先輩もお爺様の介護のために大阪から神奈川に来たんでしたよね」
「ん? 『も』ってことは貴方もなの?」
アーデルの質問に月見里は頷く。
「私も父の転勤が理由で大阪からこっちに来たんですよ。住んでたところは結構、違うみたいなんですけどね」
「お前、市内だもんな」
「そういう先輩は吹田でしたっけ?」
「せや。大阪のシンボル、太陽の塔を擁する吹田や」
「は? 大阪のシンボルは通天閣でしょ」
「あ?」
「は?」
「「あん?」」
「大阪って都道府県の中で二番目に小さい所の筈なのですけど......。んな、小さいところにも対立があるんですね。こりゃ、世界平和は遠いのです」
「競争社会......。資本主義は社会主義の敵だもんな」
「いい加減、ソ連いじり止めやがれなのです。私もそろそろキレますよ? 独ソ戦の最前線か、シベリアか、送り先は選ばせてやるからさっさと選べです」
やっぱりソ連じゃないか。
「どちらにせよ死じゃねえか! 史上最悪の陸戦の前線か平均気温―40度くらいの不毛の大地かの二択は最早、死刑宣告なんよ!」
「ケイは小説も書けるし、地理とか歴史に詳しいし文系と見たわ」
アーデルは眼鏡をクイッと上げるような動作をして、俺をそう分析した。
「小説も地理も歴史も趣味の域を出ないから成績に反映されるかは未知数だぞ。好きなことしか書かないし、学ばないし。ついでに言うなら英語も苦手だし」
「あら、そう。因みに私は英語をリュウチョウに話せるわよ?」
「分かりやすくマウント取んな」
確かに三カ国語を話せるのは尊敬しているけれども。
「私も英語は嫌いですね......。真昼は英語、どうでしたっけ?」
「英検二級までなら持ってます」
「「!?」」
俺とソ連は顔を見合わせる。思わぬ攻撃が俺の胸元目掛けて放たれた。まさか、こんなところに刺客がいたとは
「英検二級って、そこそこ凄いんじゃないの? 日本の資格はよく分からないけど」
「高一で英検二級はかなり凄いぞ。......キューバにソ連がミサイル基地を作ってたことくらい衝撃なんだが」
「隙あらば歴史ネタ入れるの止めやがれなのです。しかも、微妙に分かりにくいのです」
「ウチは親が厳しいので。昔から英会話を習わされてたんですよ。ほら、大阪って英検二級あったら英語の公立高校入試、八割の点数が確約されるじゃないですか。だから、中三の時点で取らされましたね。まあ、転校になったんですが」
何処か達観したような表情で笑う月見里。どうやら、英語を勉強したのは本意ではなかったらしい。
「大阪って英検二級で高校入試八割確約なんですね。便利そうな制度なのです」
「因みに俺は取ろうかと思ったけど、高校卒業レベルって聞いて諦めた」
「意思が薄弱なのです」
「やだこの娘辛辣過ぎん? てか、お前も英語苦手なんだろ? 母国語であるフランス語も挨拶と応答、後は暴言くらいしか覚えてないみたいだし。何ならロシア語の方が上手いんじゃね? ハラショーとか」
「チッ......。上等だ、表出ろなのです」
「はいはい、二人とも仲良くしなさい」
アーデルが溜息を吐きながら俺達を宥めるようにそう言った。すると、一連の流れを見ていた月見里が口を開く。
「......何か」
「どした」
「何か、岬川の方達と言い、霊群先輩、蜂須賀先輩、フォーゲルさんと言い、キャラの濃い人が周りに増えたせいで余計に私のキャラが薄まった気がするんですけど。元から先輩やアフリア先輩という個性の塊みたいなのが居たのに」
確かに。
「いや、皆さん、そんなあからさまに頷かないで下さいよ。畜生」
「いや、月見里は優しいし、正統派な感じがして凄い良いキャラしてると思うぞ?」
「はあ......。そんな取ってつけたような言葉要りませんてば。決めました。私も皆さんに負けないくらい個性を磨くことにします」
「「「それは止めて」」」
三人の言葉が重なった。これ以上、濃いキャラが生まれると収拾が付かない。是非とも、月見里には月見里のままで居てもらいたいものだ。




